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校長室から

149 始める、そして続ける(1/25)

 今朝、学校近くの高架脇を歩く私は身長4m以上!そう、影の長さです。キンキンに冷えた朝も、朝陽がまぶしいというだけで気分は上々。不思議です。

 最近、インスタグラムを見ているとリアルな色鉛筆画が登場します。ポテトチップなどのパッケージが本物と見間違うほどの精度で紙に描かれています。上から見るとまさにそこにあるように見えますが、その上に鉛筆を転がすと平面であることが確認できます。フェイクの画像や映像が氾濫していますので、本物かどうかは定かではありませんが、「色鉛筆でリアルな絵を描きたい」と思ったのは本当!娘が残していった入門書のような書籍を引っ張り出してぺらぺらとめくってみました。ただ、ここからが自分らしいというか最大の欠点なのですが、描きたいと思って本まで手元に置き、目の前に24色の色鉛筆があるのに、放っておいて行動に移せない!

 少し前まで校長室前廊下に掲示しておいた、「したい人1000人、始める人100人、続ける人1人」という言葉があります。う~ん、始める百人にもなれない自分が嫌になります。でも、ウクレレは続いているからいいかぁ、と言い訳するのも悪い癖。

 さて先週1月17日、「阪神淡路大震災」から28年が経ちました。つまり30歳未満の人は全く記憶にないわけです。「東日本大震災」からもまもなく12年です。これまた、小学生以下は経験していません。戦争に関しては80歳でも記憶がない過去の事実と化しています。自然災害や戦争などを経験して教訓を得ても、それらが実感を伴って継承されない限りは風化の一途。6年生が聞いた戦争被爆体験者の話や4年生以上が社会科で学ぶ内容、3月の市川市防災の日における学校での取り組みなどを通して、思いを伝え続けていくことが大事です。

 色鉛筆画は「始める」前に挫折しても、戦争や災害の悲惨さ、そこから立ち上がってきた人間の営みを伝え、考えていくことは「続けて」いきます。戦争や災害は過去の出来事ではなく、私たちの目の前に突き付けられている現実なのですから。

148 いつか思い出す(1/24)

 この場を借りて食べたいものをつぶやくと、準備してくれることが2回続きました。年末の「そろそろすき焼き食べたい」の一言は、1月2日に実現しました。ただし、新年早々「今年はこれが最後ね!」と念押しの一言が添えられたのは言うまでもありません。そして、鏡開きの日に書いた「焼き餅を入れたお汁粉を食べたい」に至っては、その日のうちに食卓に上りました。茶碗に盛られたご飯の量が少ないなぁと思っていたら、最後に出てきたのです。我が家の女神様に見えました。これに味を占めた私は、次は何をつぶやこうかと画策中!

 さて、今日から30日まで「学校給食週間」となっており、学校ではそれにちなんだメニューが提供されます。その由来は、1947(昭和22)年12月24日まで遡ります。まだ戦争の足跡を残す当時、東京都内の小学校でアメリカからの給食用物資の贈呈がありました。この日から東京都・神奈川県・千葉県で、試験的に給食が始められました。よってこの日が「学校給食記念日」となりました。でも、冬休みに入ってしまうため、この1か月後の1週間が「学校給食週間」となったのです。私の場合、教室にある煙突式のだるまストーブの上に水を張ったたらいを乗せて、ビン牛乳を温めて飲んだことは冬の懐かしい思い出。先生が持ってきてくれた干し芋も温めて食べた記憶。古き良き時代を懐かしみます。

 懐かしいといえば、日曜ドラマ『ブラッシュアップライフ』の第2話にそんな場面がありました。1997年頃、女の子の多くが持っていた「シール帳」が登場します。フエルトシールなどを交換する姿が、当時担任をしていた子供たちと重なります。またその数年後、「プロフィール帳」が流行りました。クラス内で交換しあったり先生に持って行ってお願いしたりする姿があちこちで見られたものです。娘の姿ともかぶってしまう一場面でした。

 今流行っているものだって、全然違うものに変わって懐かしく思う時がくるのです。ちなみに、それが何なのかがわからないので、聞いてみることにします。もしかすると、1周回って昔のものがリバイバルなんてことも?

147 寒くない冬(1/23)

 天気のよい日は、屋外にいても日なたは心地よく感じます。逆に室内の方が足元からしんしんと冷えてくるようです。  今日は、「八甲田山の日」。120年ほど前の明治35年、八甲田山へ雪中行軍に出かけた兵士210名が遭難しました。映画あるいは書籍等でご存じの方もいるでしょう。冬の八甲田山は冬の重装備が必要です。スキーがまだ伝わっていない当時、雪中行軍のノウハウの無さや指導部の無謀さから、兵士は軽装のまま行軍を開始。その結果、猛吹雪の中で道を失い、寒さと空腹、疲労により遭難してしまいました。数日後、199名の凍死が確認されたのです。

 先週、ある天気アプリの週間予報を見ると、柏市の25日(水)とその翌日の最低気温が「-13℃」「-11℃」と表示されています。明らかに間違いだと思って問い合わせると、次のように丁寧な回答をもらいました。

 “予想気温につきましては不具合によるものではなく、強い寒気の流入を踏まえて予測された値でしたが、予測対象日まではまだ日にちがあり、予想気温がかなり低い値となっておりました。(略)”

 ここ何年もあまり寒くない冬が続きます。昔は首都圏でも結構雪が降ったような記憶がありますが、積雪は極めて少なくなりました。目に見えてわかる温暖化でしょうか。通勤通学にはありがたいのですが、雪遊びをしたい子供たちは残念かも。雪とともにほとんど見かけない景色になったのが「氷柱(つらら)」です。軒先にぶら下がった氷柱を折って舐めたこともありますが、「汚いからやめなさい」と叱られました。そうそう、雪も奥の方を食べました。霜柱を踏んで歩くのも楽しみでしたが、どれだけの子がそうしたことを経験しているのでしょう。

 明日以降、強い寒気団が流れ込む今週。気温が上がらなかったり最低気温がかなり低めだったりします。暖かくして出かけたいと思います。

146 平田ソファさんは52歳(1/20)

 先週からいつも朝の通勤電車で私の前に座る同年配の男性の顔が見えません。もしかすると感染症に罹ってしまったのかもしれません。いつもある景色が違うと少し不安になります。JRではベビーカーを押した男性が乗ってきました。その車輪を私の足の上に乗ったことに気づいて向きを変えましたが、「ごめんなさい」が言えない?イラっときましたがグッと我慢!

 さて、本校の「平田ソファさん」は52歳。運動不足も手伝ってか、年齢による肌荒れや痛みは隠せなくなってきました。日焼けによるシミも年齢相応かそれ以上かも!この方は、校長室の真ん中に鎮座するソファです。四角い座面の内側に3~4か所の裂け目があるのです。その傷を線で結ぶと正方形になるからあら不思議。座面を裏返すと、ちょうど傷になる辺りにボタン状の突起があるのです。きっとこれが原因です。備品シールには「昭和45年」とあったので年齢が判明しました。痛んできて当たり前。表面の弾力もなく、メンテを忘れたときの私の皮膚状態?!

 先日、このソファに座った子が、無意識で座面の裂け目に指を入れているではありませんか。こうして傷は広がっていくわけですが、指を入れたくなる気持ちもわからなくはありませんので見て見ないふり。ただ、これ以上広がらないようにするために座布団のようなものを置く必要がありそうです。どこかに不要となった応接セットはないものでしょうか?

 さて、書き初めの展示が来週23日から2週間、教室前にされます。昔、自分の子供たちに家で練習させたことを思い出します。形や勢い、筆の動きを「ドン、ス~、パッ」のように音で表して脇で見ていました。でもその指導は厳しかったようで、書き初めの練習は憂鬱だったと今更ながらに言います。横画では右上がりを意識すると形が整いますが、左利きには筆運びが大変です。息子がそうだったので、体育館で取り組む中にサウスポーを見かけると応援の声をかけたくなります。

 私も応接セットのテーブルにカレンダーの裏白を広げてお習字をしました。“「ありがとう」を口ぐせに”と書いて、掲示板にそっと貼っておきました。

145 もっともっと(1/19)

 朝、家を出るときの明るさが増して、明けるのが少しずつ早くなってきたことを感じます。

 ある曇り空の朝、「今日は寒そうだね」と言うと、「ヒィーテンナイシ~」と返ってきます。何語ですかと思うでしょうが、さすがに30数年一緒にいるとすぐにわかります。「今日は、陽(ひ)が照んないし、きっと寒いだろうね」と言っているのです。「家族だからこそ伝わる言葉」「その家独特の言い回し」がきっとあるのではないでしょうか。

 先日、新しいウクレレを買ってしまいました。3本目です。「手が2本しかないのに、ウクレレばかり増やしてどうするの!」と呆れられています。でも、現在所有するものとは違った響きに心浮き立ちます。まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供のような気分とでも言いましょうか。

 最初1年半通ったウクレレ教室の先生は、私が初心者でしたから目標がわかるように指導してくれました。30分レッスンですから無駄なおしゃべりは一切ありませんし、質問できるような余地というか話しかけることすらできませんでした。「もっとコミュニケーションをとりながらやりたい」というのと「ソロ演奏に挑戦したい」という希望から、教室を変えて1年近く経ちます。現在は、疑問や希望を自由に口にできてそれに対して的確な回答がもらえます。でも、進むべき方向が示されず私次第といった感じです。「こうしたい」と言えばそれに寄り添ってくれますが、初心者を抜け出せない自分がもっとステップアップしていくためにどうしたらよいのかが見えてきません。費用は決して安くないからこそ、この先どうするか悩んでしまいます。

 学校や教室も似ていないでしょうか。程度の差こそあれ、もっとできるようになりたいと願う子供は少なくないはず。そうした願望を秘めた子供たちに指導方針や進む方向性が伝わるか否か、教職員と話がしやすいか否か、一緒に創り上げていく感覚を共有できるか否か、大事なポイントです。個に応じて適切な目標設定と支援・指導ができるように私たちも日々学び続けることが求められていると思います。