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校長室から
440 変わる学校(24.6.22)
教員採用試験を前倒ししたり、選考方法や優遇措置を設けたりして教員の確保に躍起となる教育委員会。私が教員になった40年前は、逆に先生になりたいけれどなれない人が多かった時代。「久しぶりの新採」と言われて、戦力外の私を皆がかわいがってくれた時代。当時、土曜日も毎週午前中授業で、午後からは部活動をガンガンにやりました。その後、1992年秋から第2土曜日が休みになり、3年後には隔週土曜日が休業に。毎土曜日が休みになったのは2002年。早いものでそれから22年です。
この間、学校での印刷は大きく変わりました。今では全校児童分のプリントであってもほんの数分で終わります。でも、昭和の印刷といえば謄写版(ガリ版)です。原稿は、蝋塗りの原紙に鉄筆で文字や絵をかきます。わら半紙の上に原紙を置いて、その上にインクを付けたローラーを転がすと、鉄筆で削ったところにインクが滲み通って印刷されるのです。この原理を利用して大量の部数を短時間で印刷できたのが「輪転機」。40年前は、ボールペン原紙を機械に取り付けてハンドルで回して刷るタイプでした。別に「青焼き」という機械もありました。どちらも大変時間がかかります。機械が1~2台しかありませんから、誰かが印刷していると次に印刷できるのはいつになるかわからないのでした。ワープロやパソコン、タブレットの登場により劇的な進化しました。「進歩は不便から」を痛感します。家庭に普及した「プリントゴッコ」だって、似たような昔話の世界。
先日の同窓会の会場に、持ち込まれた思い出の品の中に文集がありました。小3のときのクラス全員の詩を綴った中に私の書いた詩を見つけました。結構な厚みですが、全部先生が時間をかけて印刷していたことに敬意を表します。子供を思ってこその為業です。ただ残念なことに、先生が愛情を注ぐほど子供は受け止めてはいません。子供が書いたりまとめたりする力を育てるために、卒論と題した原稿用紙百枚以上の調べ学習の課題が、6年生の別のクラスであったといいますが、担任の悪口以外聞かれませんでした。
今日のオープンスクールでは、昔と今の学校の違いを探してみるのも面白いかもしれません。
439 ショッピング(24.6.21)
今年度もリサイクルステーションの壁面に、家庭学習コーナーが登場しました。3年生以上のノートが紹介されています。オープンスクールでは、ぜひご覧になってください。その中に「全国ご当地ベア」に関して調べたことが掲示されています。「へぇ~」と思いながら検索してみると、本当にいろいろあるから驚きです。ちなみに千葉県のご当地ベアは4種類。落花生を抱えたものや特産の枇杷や梨にちなんだもの、千葉ロッテマリーンズのユニフォームを着たマー君!北海道エリアは18種類、東京は10種類もあります。最近登場した「鹿児島・西郷隆盛ベア」はインパクトあります。こうした仲間たちは、各地の駅・空港・高速道路などのほか、ホテルや観光地の土産店で購入できるというので、意識して探してみます。
さて、以前よりネットで買い物をすることが増えた気がします。ポイントが付くことも多いので、店舗で実勢価格を調べてからネットでの検索。割安感は有利に働きます。ネットオークションもたまに利用します。ただ、どういう購入手段をとっても物流サービスとは切っても切り離せません。ヤマトや佐川、JPなどの車やバイクが運んでくれます。日時指定が定着し、恐縮しながら再配達を依頼する手間がなくなりました。また、最近の家は荷物用ポストが最初からあるので、荷物を受け取る側とドライバー双方にとって便利この上ない。我が家の場合は「置き配」指定することも時々あり、配達員の負担軽減に努めているつもりです。ただし、先のご当地ベアはネットではなく、やはり実際にその地へ行って手に入れてこそ価値があると思う考えはもう古い?
先日初めてネット上のフリマに出品しました。相場を調べて、それよりも安く価格設定したせいか、買い手がすぐに見つかりました。送る段になって、ふと「どこへ送ればよいの?」と不安がよぎります。スマホ画面をよ~く見ると、配送業者へ持って行って二次元コードを提示すればよいことがわかります。そうすることで、配送用カードがプリントされて出てきます。「よく箱に貼ってあるのはこれかぁ」と感心することしきり。こんなに簡単なら、ほかにも出品できるものはないかと探してしまいました。
438 ト~モロコシ(24.6.20)
新聞広告にでかでかと掲載されていた、アサヒ「未来のレモンサワー」を飲んでみました。何が未来なのか?!まず、従来のプルタブではなくて全開するフタ。開缶の音とともにゆっくりと浮かび上がる本物のレモンスライス。これは面白いし、快感!さらに、味はどうかというと、普段飲む100円の缶チューハイとは一線を画す味わいで、爽やかかつ凄くおいしい。でも価格は2.5倍。そうは言っても、居酒屋で飲むことを考えれば、さほどの贅沢とも思いません。
夏といったらビールが定番!そのビールだってクラフト系がたくさん出回ります。どれも特徴あっておいしいのですが、一気に飲み干したい暑い日は、比較的安価なもので十分。ビールから始めるか、はたまた未来のレモンサワーから始めてみるか、悩みどころです。どちらにしても、枝豆やそら豆を添えて…。
もう一つ、夏といえばスイカ?いや、私はトウモロコシ!アンケートによくある質問が「好きな食べ物」です。寿司や焼肉が挙げられますが、私の場合は季節を問わずトウモロコシです。だからコーン缶詰も好きです。それでも、旬に勝るものはありません。積まれた中から粒ぞろいのものを買い物かごに入れたくなります。子供のころは、蒸したトウモロコシが最高のおやつ。夏場は、スイカとともに双璧ですが、どちらか一方を選ぶなら迷わずトウモロコシです。炭火で焼いて醤油を塗ったトウモロコシは絶品。あぁ、思い出すだけでも…。富里でスイカ農家を営む知り合いから送られるスイカとトウモロコシを待って、今シーズンの「初」にします。楽しみだなぁ~。
さて、静岡県西部の山間地にある売店前に、午前5時前から行列ができるといいます。前日の夜から並ぶ人もいるほどのお目当ては、「森のとうもろこし」という品種。黄色と白が混じった品種で、週末には3万本が売れるほどの人気だそうで、人気の理由は糖度。メロンやマンゴーなどより高い20度という甘さを、トウモロコシでも体験してみたい!こうした糖度の高いトウモロコシを使ったプリンやラテ、かき氷が登場するようなトウモロコシブームの到来なるか?!
437 ホームドア(24.6.19)
本八幡駅にホームドアが設置され、7月5日の稼働に向けて調整中のようです。
ところで、TDRの最寄り駅である舞浜駅では、ディズニーの楽曲を発車メロディーにしてちょうど20年。新鎌ヶ谷駅では「ファイターズ讃歌」が15年前から採用されているなど、乗降客をご当地ソングで楽しませてくれます。今回、西武・清瀬駅百周年を記念して、清瀬市出身の中森明菜さんの曲が選ばれたといいます。朝の上りは利用客が多いことから、テンポがよくて元気が出る『DESIRE』に決まり、下りは『セカンド・ラブ』とのことです。でも、「真っ逆さま~に~堕ちてディザイア~」って歌詞に、ホームからの転落を連想してしまいます。縁起でもない!
さて、以前同じ学校に勤務した先生と研究会で一緒になりました。帰り際に、「クラスの子も自分の子も、『さしすせそ』を大事にしています!」と言います。最初、「危機管理のさしすせそ」を思い浮かべましたが、「さしすせそにありがとう」のことだとわかって苦笑い。平田小でも2年前に学校だよりで紹介しました。
親子の会話では、「だって…」「でも…」「どうせ…」といったネガティブな言葉が飛び出しがちです。だからこそ、ポジティブワードの「さしすせそにありがとう」を大切にしたいといった内容。「さ」は「さすが!」、「し」は「幸せ!」、「す」は「素晴らしい!」、「せ」は「世界一!」、「そ」は「そうだね!」、「に」は「にっこり」、そして「ありがとう」という肯定や承認の言葉たちです。受ける側だけでなく、言葉を発する側もうれしい気持ちになります。最初は恥ずかしくてなかなか使えないかもしれませんが、意識して口にするうちに気持ちが前向きになっていくのが感じられるかもしれません。
家族で互いの長所に目を向ける練習をしたり、最初はわざとらしくても徹底して相手を褒めたりしてみることで、相手の美点が実体化してくるような気がするのです。こうした積み重ねが「自信」となり「自他のリスペクト」につながるのではないかと思います。「素晴らしい!」とか「さすが!」、「そうだね!」という声が教室や学校でたくさん聞こえ、「ありがとう」が口癖になったら、一人一人の背中を押してくれることになり、社会や集団からこぼれ落ちることを防ぐ安全装置(ホームドア)になること間違いなし!
私は今日の夕食で、「おいしい~」「料理の天才!」を連発します。
436 同窓会(24.6.18)
20年ぶりの新紙幣発行まであと2週間となりました。金融機関やATM、小売店のレジなど改修が進んでいるはずです。家には聖徳太子や伊藤博文が保管されていますが、今の福沢諭吉や野口英世も使われながら淘汰されていくのでしょう。でもどうやって調整しているのやら。千円札から順に、北里柴三郎、津田梅子、渋沢栄一3名の肖像画が使われますが、財布の中もしばらくは混乱しそうです。そういえば二千円札ってほとんど流通しないまま立ち消えになってしまったような気がします。表に沖縄の守礼門、裏に紫式部と源氏物語絵巻。調べれば画像も出てきますが、なじみが薄くてかわいそう。
さて、小学校時代の同窓会が、地元八千代で行われました。卒業して50年以上が経って初めてのイベントです。仲の良かった友達もいれば、話をしたことも名前も思い出せない人もいます。卒業の時、自分が何組だったかすら覚えていないくらいですから。同窓会を前に、卒業アルバムで予習(復習?)をしようかと思いましたが、実家を壊したときに処分されてしまいました。「もう見ることなどない」と思ったのですが、こんな形で必要になろうとは…。
そういうわけで、当時の正門前に集合です。ここは以前記した、ヒヨコが売られていた場所。なにやら高齢者の人だかりができています。「誰?」と訝しむような反応もあれば、「蜂須賀君?」と近づく者も。けれど、あなたはだぁれ?名前を聞いてもわからないので「ニャンニャンニャニャン」と、犬のおまわりさんよろしく、泣きたい気持ちになります。それでも、当時の面影そのままの人もいます。私も髪形を除けばわかりやすいようです。こうして凍っていた記憶の塊が徐々に解けていくようでもありましたが、次にまた会ったときにわかるかどうかは別の問題。
1クラス50人近くいた時代。6クラスまであったと思っていたのに4組までだったとか、自分で信じていた出来事が、実は間違っていたとかあって、記憶の書き換えや修正が行われた数時間でした。そんな中でわかったこと。それは、哀しいかなその頃の私って「人に興味(執着?)がなかったのだろう」ということ。
子供たちには、人とたくさん関わって今を思いきり楽しんでほしいと思います。こんな私だって、子供の聖地だったある公園で友達と遊んだ記憶は、今も鮮明です。
あっ、忙しくて放っておいたグループLINEの受信数が150を超えている!先日の楽しかった思い出を栄養にして1週間、ひと月、そして1年と…。みんな頑張っているようです。
435 日本語って難しい(24.6.17)
今日はプール開きの予定です。きれいな水がぬるまっているとよいのですが…。
発行前の学級だより原稿が回ってきます。チェックしながら、普段自分が使っている言葉が正しかったのかどうか疑問に…。ご飯を器に盛ることを、私は「よそう」と言うのですが、「よそる」と書かれています。朱で訂正しながらも自信が揺らぎます。
調べると、あるアンケート結果では「よそう」を使用する人が59%、「よそる」が13%とあります。また、別のデータには、東京や千葉、関西では「よそう」、それ以外の関東で「よそる」、東北以北では「盛る」、中国・四国以南で「つぐ」と、呼び方に地域性があるとされています。
納得いかず、広辞苑の登場です。結論から言うと、「装(よそ)う」が正しく、「支度をする」「身なりを整える」ということから、「飲食物を整え、用意する」転じて「飲食物を救って器に盛る」と変化した千年以上の歴史のある言葉とされます。他方の「装る」は、「よそう」と「もる」との混交した語と注釈がつき、比較的新しい言い方らしいのです。そうは言っても、百年以上の歴史があるので誤用とはいえません。
ほかにも、日本語の難しさを感じる場面は多々あります。覚えられずその都度調べ直すのが、「編成」と「編制」の使い分け。また、「制作」と「製作」。混同しがちなのは、「おざなり」と「なおざり」。そして、家族からよく注意されるのが、「とんでもございません」と言ってしまったとき。自分では丁寧あるいはへりくだって言ったつもりが、誤用(文化審議会の指針では、現在では問題ないと考えられている)と指摘されるわけです。それは、「とんでも+ない」ではなく、「とんでもない」で一つの形容詞だから。つまり、「とんでもないことです」と言えば済むこと。では「とんでもないことでございます」と言ったら、より丁寧なの?否!あなたからの褒めや賞賛はとんでもないことだ、という意味にも受け取られるおそれがあるというから厄介です。では、正しいのはどっち?
【第1問】①汚名を返上する、②汚名を挽回する
【第2問】①二の舞を演ずる、②二の舞を踏む
ともに①で、「名誉挽回」「二の足を踏む」と勘違いしてしまいそうな言葉です。こうして文章を綴る中にもきっと、思い込みや間違いがたくさんあるのかもしれません。
434 想像力をもって(24.6.14)
「風が吹けば桶屋が儲かる」は、一見何の関係もないようなところから思いもかけない部分に影響が出ることを表す慣用句です。風が吹けば砂埃が立って目に入って失明する人が増える。盲人が増えると、三味線で生計を立てるのでその需要が増える。三味線を作るためには、胴を張る猫の皮が必要なので猫が乱獲される。これによって猫が減る。その分、ネズミが増えて桶をかじるので桶が使い物にならなくなる。必然的に桶屋が儲かって喜ぶという図式です。
蝶の羽ばたきが、やがて竜巻に変わるといったように、ほんの些細な出来事でもやがて大きな変化につながるかもしれないといった予測困難を表す「バタフライエフェクト」と言葉もあります。「風が吹けば…」に、想像力を広げていく点においては似ていますが、ちょっとニュアンスが違うようです。つまり、「桶屋」には、当てにならないことに期待するという意味でも使われることがあるからです。
買い物をするたびに、ため息が出そうになるほどの物価高が続いています。こうした状況にも、因果関係が想像できる新聞記事がありました。「戦争が起こるとケーキに手を出せなくなる」というものです。ロシアのウクライナ侵攻により穀物が品薄になるとともに、原油価格の高騰が起こりました。輸入飼料が高騰し輸送コストも上昇することで、乳牛向けの餌代が高くなります。すると、ケーキの材料の生乳などの原材料をはじめ包材、電気代、人件費すべてが値上がりしてケーキ代に反映されるというもの。洋菓子店に千円近いケーキがズラッと並ぶとなれば、財布の紐がかたくなるのは必然。
一昨日、『国境なき医師団』事務局の方の話を聞く機会がありましたが、上述も含めて、身の回りや社会の様々な事象・現象に想像力を持つことの大切さを改めて認識しました。紛争や飢餓による他者の苦難に無関心にならないこと。世界で起きていることが自分とどう関係するのかを想像してみること。ややもすると他人事で片づけてしまいがちですが、できることの第一歩は「知ること」「関心をもつこと」なのだと思うのです。新聞やニュースを見ないといった家もありますが、情報ソースはどこに?
433 千葉県(24.6.13)
4年生が社会科で、千葉県の特色ある地域や特産品を学びます。県特産の「房州びわ」について、調べてまとめる児童もいます。先日、皇室献上品とする選果式の様子が報道されました。学校のびわもよい色に色づいてきています。先日、たまたま立ち寄った「道の駅いちかわ」の農産物販売所に、びわが袋に入って売られていました。でも、明らかに自宅の木から収穫したと思われるもの。果肉より種の割合が多いのではないかと思う、シャインマスカット大の実に目がテン。庭先に置いて「ご自由に持ち帰りを」でもよいのではと勝手なことを思います。
さて、平田小出身の坂崎千春さんデザインの「チーバくん」が誕生したのは2007年のこと。2010年に開催される「ゆめ半島千葉国体」のマスコットキャラクターとして生まれました。説明には次のようにあります。“千葉県に住む不思議な生き物。好奇心旺盛で、いろいろなことに挑戦するのが大好き。未知のものに立ち向かうときほど勇気と情熱がわき、体が赤く輝く。横から見ると千葉県の形をしている”と。(作者HPより抜粋)
お披露目となった2010年「ゆめ半島千葉国体」で、市川市はハンドボールの会場となり、多くの選手と観客が集まりました。当時行政勤務でしたので、大会期間中は国体スタッフとして連日、国府台スポーツセンターで働いていました。その中で様々な人と知り合いになれたのは大きな収穫。補助の方と一緒に歩くチーバくんも眼前に見ることができました。本当は、着ぐるみの中に入りたかった!
先日、新聞(スポーツ面)を開くと、ハンドボール日本リーグの結果が写真とともに紹介されていました。宙を舞うようなシュートの写真が2コマもあります。映像で見ると、豪快だったりトリッキーだったりするプレーは際立ち、思わず「格好いい」と心の中で呟いてしまうくらいです。本校にも、市内の某有名校でハンドボールをやっていた先生がいるのです。能ある鷹は…。かたや爪も尻も隠せない私。
432 声優(24.6.12)
先々週観た『ちびまる子ちゃん』のワンシーン。家族みんながこたつに入って鍋を囲んでいます。サザエさんは季節感があるのに…と違和感を覚えたのです。
ところで、『パーマン』のパー子、『天才バカボン』のバカボンのママ、『一休さん』の伊予の局、『キューティーハニー』の如月ハニー、『ルパン三世』の峰不二子の共通点といったら何でしょう?逆に、「それって誰?」と問い返されそうで怖い!どれも古いアニメですから、知らない人のほうが多いかもしれません。共通するのは、声優の増山江威子さん。5月に亡くなっていたと報じられました。少し前にはまる子ちゃんのTARAKOさん、もっと前にはタラちゃんを演じた貴家堂子さんが亡くなっています。ルパン三世の場合、山田康雄さんが主人公の声を担当し、その物まねをしていた栗田貫一さんが山田さん亡き跡を継ぐなどしています。どのアニメも世代交代を繰り返しながら続いていきます。
この声優という職業は、声を使って演技をする仕事といえます。代表的なのは、アニメや洋画の吹き替えが挙げられますが、最近ではゲームやアプリのキャラクターも演じるほか、活躍の場がたくさんあるようです。日本昔ばなしを子供とよく見ていた私は、常田富士男(ときたふじお)さんや市原悦子さんの独特の語りを真似して、本を片手に「むかし~あるところに~おったぁ」と子供に読み聞かせしたことが思い出されます。
アニメを見る機会は相応にありますが、登場人物が見た目のわりに意外と若いといったキャラは結構いるようです。明るく朗らかなサザエさんが24歳であることは広く知られていますが、波平さんはああ見えて54歳。マスオさんの同僚の穴子さんに至っては27歳。バカボンのパパ41歳、まる子ちゃんの父・ひろし40歳で、のび太の父・のび助36歳といった感じです。驚いたのがルパン三世に登場する銭形警部。実は29歳だといいます。ちなみに、こち亀の両津勘吉は35歳だそうです。こうしたことを知って視聴すると、また違った面白さがあるというか、つっこみもしやすいかもしれません。
一方で、小学生の目から見た他人の年齢ほどあてにならないものはありません。私の歳だって、40代前半から70代後半と幅広く言ってくれます。だから、目撃した不審者等の年齢を小学生(特に低学年)に尋ねるのは、危険だと思うのです。
431 進化(24.6.11)
ひらた山裏のヤマモモが、今年も甘酸っぱい実をつける時季になりました。
3週に一度は通う図書館の隣に広い公園があって、桜のころは芝生広場にたくさんの家族が集まります。たまたま寄った時に、大道芸を披露している若者がいました。見ている者はパラパラといった状態。丸い筒に置いた板の上に立って、バランスを取りながらジャグリングなどをするのです。ハラハラさせるパフォーマンスと巧みな話術に引き込まれるように足が自然とそちらへ近づき、しっかり見入ってしまいました。最後は、お決まりのハットが登場して投げ銭ですが、夢の世界にいるような幸せな気持ちで折り畳めるお金を…。その彼が、柏の駅前デッキをステージに大道芸をやっていたと家族から写真付きの目撃情報が届いたのはつい先日のこと。頑張っているようです。
41年前に、多くの人に幸せと夢を届けるためにオープンしたのが東京ディズニーランド。2001年には、日本にしかないディズニーシーが誕生して、冒険と体験のスペシャルな時間を提供してきました。そして6月6日、新エリア「ファンタジースプリングス」という心ときめくファンタジーの始まりが、新聞見開き+1面の広告で宣言されました。進化はまだまだ続くようです。ただ私は、自然豊かで広大な公園でお弁当を食べたり散歩をしたりしてのんびり過ごしたい派!
さて、たまたま観ていた番組で流れたCMの映像が気になりました。旧車から未来の自動車への進化、黒電話や公衆電話からスマホへの変遷、VRや二足歩行ロボットに至るまで、半導体の進化について伝えています。小さくて脚のついたブラウン管テレビの時代に生まれ、それがカラー化され、現在の大型かつ薄型テレビがどの家庭にもある時代にいま私は生きています。ビデオデッキがテレビ台の下に設置されていた時代から内臓、外付けを経て、多チャンネル化、動画配信サービスの充実など、レンタルしなくても見放題となりました。大画面でおうちシアターです。こんな進化の裏でデッキなどの機器に積もる埃は厚くなっていきますが、あと何年もすると3年生で学習する「昔のくらし」で扱われる貴重な品になるわけです。
430 メンテナンス(24.6.10)
学校へ向かうJR高架脇をボーっとしながら歩くことがあります。すれ違う人の顔を見ているわけでもなく、かといって何か思案しているわけでもなく。そんな時に限って、誰から挨拶をされたような?我に返って挨拶を返そうにも時すでに遅し。保護者の方かも。ごめんなさい。
そんな今日は「時の記念日」です。日本で初めて時計装置が使われた日を記念して、1920年に制定されたとのこと。この日を前に先週、放送で時間について考えたり、時間の不思議を感じたりできる本を5冊紹介しました。
①『とけいのおうさま』(こすぎさなえ PHP研究所)
②『ライフタイム~いきものたちの一生と数字~』(ローラ・M・シェファー ポプラ社)
③『ふしぎな時間割』(岡田淳 偕成社)
④『タイムストーリー(シリーズ本)』(日本児童文学者協会 偕成社)
⑤『モモ~時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語~』(ミヒャエル・エンデ 岩波少年文庫)
②は校長室前に展示中です。岡田淳『二分間の冒険』も含めて、ぜひ手に取ってほしいです。
さて、最近とみに股関節が痛い!腿や膝の後ろ側が張っている!以前にも増して体が硬くなったような気がする!なんとかしなくては!カチカチカラダの改善を試みるため、休みの日にやってみようとインスタの動画を保存しています。その数…?保存した動画が溜まるだけで一向に実行に移せない意志の弱さに自己嫌悪。ただ、これまで55万時間使った体にガタがきているのは厳然たる事実。メンテナンスと使い方を真剣に考えなくてはいけません。
一方、自宅も15年経って、あちこちにガタがきています。上下動する窓サッシが途中で止まらない。室内灯の一部が電球を換えても点かない。ずっと換えていない障子紙が薄汚れて見える。最たるものは、先日キッチンシンクのパイプ交換をしてもらった際に見せられた排水管の油汚れ。まるで自分の血管内部を見るかのような気分です。血管なら血栓が飛んだり詰まったりして、大事に至っても不思議ではない状況です。家屋も劣化が進みますから、定期的な修繕やメンテナンスは欠かせないようです。
429 身勝手(24.6.7)
6月になって1週間。梅雨入りはもう少し先のようで、隣の工業高校グランドからは野球部の声とボールの音が響く朝。学校のスピーカーからは、今月の歌『にじ』が流れ、「♪きっと明日はいい天気~♪」と歌います。今は雲が多いけれど、いい天気になるかなぁ。
この「今日はいい天気だ」といった時の「いい天気」は、歌の中では晴天を指すのでしょう。でも、必ずしも晴れとは限らないのかもしれないとふと思ったのです。立場や状況が変われば、雨や雪も「いい天気」になります。恵みの雨に対しては「いい雨」「慈雨」という表現が使われるでしょう。一方で、同じ雨を見て「いやな雨だ」「酷雨」と感じる人もいます。また、「いい人」という言い方もあります。性格を指す場合もあるでしょうし、穿った見方をすれば自分にとって「都合のいい人」と言うことだってできます。「いい天気」であれ、「いい雨」であれ、「いい人」であれ、どれもみんな私中心のとらえ方のように思えてしまうのはなぜ?
月が改まって、キッチンとダイニングをつなぐカウンターに敷かれた手ぬぐいの柄が変わりました。先日までパンダ柄だったものが、水色地にてるてる坊主がたくさん描かれています。その中に紛れるように、丸眼鏡のてるてる坊主が点在します。まるで、私がいたずらで描いた似顔絵のようにも見えます。
このてるてる坊主は、地域によって呼ばれ方が違うそうで、「照る照る法師」「ひより坊主」などあるようです。その由来は「生首」とされる説があります。昔、長く雨が続いて人々が苦しんでいた時に、一人のお坊さんが雨を止ますためにお経を唱えたそうです。でも、一向に雨が止まないと見るや、嘘つき扱いされたお坊さんの首を見せしめに布で包んで吊るしたところ、翌日は晴れたという言い伝えが残されているのです。
「♪てるてる坊主 てる坊主 あ~した天気にしておくれ~」という童謡の一節がありますが、3番の歌詞には「♪それでも曇って泣いたなら そなたの首を チョンと切るぞ~」と残酷なフレーズが…。まさに、先のお坊さんの生首のそのもの。そういえば、童話「さるかに合戦」の歌『さるかに』でも、早く芽を出せ、あるいは早く実をならせとせっついて、そうでなければ「ハサミでちょん切るぞ~」と脅します。昔ながらの童謡も、自分中心で身勝手なようです。
428 マネキン(24.6.6)
6月6日といえば、『かわいいコックさん』のフレーズを思い浮かべる人もいるでしょう。「♪棒が1本あったとさ 葉っぱかな 葉っぱじゃないよ カエルだよ カエルじゃないよ アヒルだよ…♪」という絵描き歌。同じ歌なのに、描き手が違うとコックさん一人一人違った表情を見せてくれるから不思議です。コックさん以上に、「つるニハ○○ムシ」「つるサンハ○○ムシ」と言いながら描いた顔の出来映えは、人それぞれで表情豊かです。そんな今日は、コックさんの日。ヨーヨーの日でもあり、補聴器の日でもあります。もう一つ、怒りを鎮める6秒ルールをもじって、アンガーマネジメントの日ともされています。どれも関係ないかぁ~。
さて、表情や顔といえば、四半世紀ほど前にテレビ放送された『Oh!Mikey(オー!マイキー)』をふと思い出しました。出演するすべてがマネキン人形なのです。その主人公のマイキーは、インターナショナルスクールの3年生。パパは、アメリカから東京に転勤になったサラリーマンという設定で、1話3分の短編。ブラックユーモア含む内容と常に明るい表情が好きでした。
マネキンは、店頭で各種商品の販売促進にあたる販売員を指す場合もありましたが、一般的には衣服展示に使われる等身大の人形の呼称の方が主流のような気がします。でも最近では、リアルマネキンの人形を見なくなったような気がします。頭部がのっぺらぼうのものや首だけがないヘッドレスマネキン、腰から下の下半身マネキンばかりです。こんなことを考えながら、昨日の帰りの電車の貴重な読書タイムに、『オー!マイキー』をYouTubeでチラッと見てしまいました。そういえば、洋裁が趣味だった母の部屋にあったものも首から腰辺りまでの人形でした。「ジンダイ」と呼んでいましたが、「人台」という字でよいのかどうか。ちなみに、マネキンの日は3月24日でした。
427 チンプンカンプン(24.6.5)
5月中旬に、D・サンボーンさんが亡くなったと報道されました。ジャズ界の大物サックス奏者です。すかさず家族から依頼されて、古いアルバムCDを購入しました。昔好きだったフュージョン系の懐かしい音楽が流れ、幸せな気分になります。
日本を代表するサックス奏者と言えば、「ナベサダ」こと渡辺貞夫さんでしょう。アニメ『赤き血のイレブン』でサントス選手が海岸で故郷を思って吹くトランペットも憧れでしたが、ダイナミックに動きながら演奏するサックスは別格に見えたものです。だから、アルトやテナーサックスの形が好き!ウクレレではなくて、サックスにしておけばよかったかと思いながらも、楽器音痴で譜面がチンプンカンプンの私には高嶺の花であり、高望み以外の何物でもありません。音も相当響くでしょうから、家で練習するのは近所迷惑になること必至。畑の中に車を停めて、窓を閉め切ってサックスの練習をする人をたまに見かけますが、そうするしかないのかもしれません。そういう意味で、ウクレレなら夜だって練習できます。こう考えると、吹奏楽部の子供たちの練習機会は、きっと学校しかないのだろうと思い至ったのでした。
やはり5月のある日、読売新聞掲載の『コボちゃん』(植田まさし作)を見ていて、数十年ぶりに思い出したことがあります。コボちゃんが一番風呂に入る前に、「湯かき棒」で風呂の湯をかき混ぜる場面がまさにソレ!草津温泉の湯もみではありませんが、上と下とで温度が全然違ったため、私世代はこの棒で湯をかき回して湯温を均一にしてから入ったものです。全自動が一般的になった現代、風呂上がりのように綺麗さっぱりと忘れていました。
「赤き血のイレブン」とか「湯かき棒」なんて、きっとチンプンカンプン?いや、この「チンプンカンプン」なんて言葉すら使わないか。
426 思いを馳せる(24.6.4)
一昨日の日曜日、前任の市川小創立150周年を記念して行われた、学校の歴史をたどる回遊展に足を運びました。祝賀会だけでは声をかける範囲が限定されてしまうので、それとは別にできるだけ多くの人と一緒に祝したいという同窓会の皆さんの思いから生まれたようです。会場となった体育館というか講堂には、様々な展示がされており、老いも若きもが懐かしそうに見て回っていました。妻も創立100周年の時に6年生だったことから一緒に出かけました。久しぶりに見る学校のシンボルであるプラタナスが「こんなに大きかったっけ?」と思うほどの大きさで校庭にそびえ立っていました。その反対に校庭の狭さは…。思い出すのは、掃いても掃いても落ちてくるプラタナスの落ち葉に閉口したこと。そしてそれが終わる頃、すぐそばにある銀杏の大樹の下が黄金の絨毯を敷き詰めたように染まること。そんな巨木に護られて、コロナに振り回される中であっても、多くの人の支えあって2年間を過ごすことができました。お礼も碌にできないまま異動しましたので、今回久しぶりにお世話になった方々にお会いして話をすることができ、有意義な時間でした。そして、平田小が100周年となったときに思いを馳せる私がいます。29年後ということは…。
さて、その市川小に向かう時短ルートをナビの案内で走っていた時、「鮮魚街道」と表示がありました。よく見かける文字で、ずっと「せんぎょかいどう」とばかり思っていました。でも、「右折して、〈なまかいどう〉に入ります」というナビの音声案内に、「えっ、そうだったの?」とびっくり。目からウロコ!
江戸時代、夕方に銚子港に揚がった魚を利根川の水運で布佐(我孫子)まで運び、翌朝そこで馬に積み替えて松戸まで陸送し、再び船で行徳を経て夕方以降に日本橋の河岸まで運んだといいます。これは、魚の鮮度を保つための時間短縮の知恵であり、使用された陸路が「なまかいどう」とか「なまみち」と呼ばれたそうです。「森」という文字の「木」をすべて「魚」に換えた文字「鱻」を「なま」「せん」と読ませる場合もあるようです。いずれにせよ、自分の住む身近に経済的に重要な経路があったという事実を、ナビ様のお声によって知った一日でもありました。
学校や地域の歴史って、やっぱりおもしろい!
425 トトロ(24.6.3)
庭に緑と黒茶2種類のカメムシを発見しては退治する週末。報道によると、全国30の都府県で大量発生するカメムシ注意報が出されています。カメムシをおびき寄せて捕獲する器具もあるそうですが、私の場合はカメムシ退治に特化したスプレー剤。家族が言うには、ゴキブリ用だと瞬殺に近いとか。まだまだ格闘が続きます。
虫といえば、3年生男児2人が校長室に来て、「アゲハの幼虫はいませんか?」と尋ねます。急な訪問に驚きましたが、レモンの葉につく卵や幼虫を「今度持ってきてあげるね」と返すと喜んで去っていきました。すると翌日、「持ってきてくれたぁ?」と朝一番に問われました。「ごめん!休みの日にしか捕まえる時間がないんだ」と答えましたが、カメムシを持ってきたら喜ぶかなぁ?
5月のカンヌ映画祭で、スタジオジブリが名誉パルムドールに選ばれ、表彰会場は総立ちとなって祝福される場面がテレビに映し出されました。『となりのトトロ』は大好きですが、それ以上に宮崎駿&高畑勲コンビが手がけた『パンダコパンダ』が好きです。日本がパンダに沸いていた1972年公開ですから、ジブリという会社設立前かもしれません。天真爛漫な主人公の女の子とパンダ父子の不思議でユーモラスな生活が描かれています。初期の作品ですから、ストーリー性より娘や息子と一緒になって「かわいい」と言いながら観ていたこと自体が好きだったのかもしれません。
不思議なキャラクターのトトロとサツキ・メイの姉妹の心温まる交流を描いたアニメ『となりのトトロ』が、36年の年月を経て舞台化され、海外公演でとても人気だといいます。あの不思議な世界観を舞台で表現するのは、役者も大道具も大変だと想像しますが、ニュースで目にした「まっくろくろすけ」の動く様には感嘆の声を漏れそうでした。
大トトロ・中トトロ・小トトロがなんとも愛らしいアニメですが、初期の段階で大トトロは「ミミンズク」と名付けられ、1302歳といいます。ちなみに中トトロは「ズク」で679歳、小トトロは「ミン」で109歳の設定らしいのです。「ミミンズク」という呼称から連想するのは「ミミズク」。それがトトロのモデルかなと思いながらも、似ても似つかないような気が…。
なかよし広場でチョウを追うことも林間学校で富士の大自然に浸る時間も、都心の子供たちには有意義で貴重な体験だと思います。
424 所作(24.5.31)
今日行われる将棋の「叡王戦」の第4局に注目しています。藤井八冠が1勝2敗とリードされ、負けると伊藤七段にタイトルを獲られてしまうからです。「黄信号」と報道されますが、ここからの巻き返しも期待できます。
一方、先日の「名人戦」では、豊島九段との対局でした。4勝1敗で藤井棋士が初防衛を果たしましたが、将棋盤上で駒をさばく際の澄んだ駒音が好きという人も少なくないようです。NHK『美の壺』でも「駒と盤」が取り上げられたことがあるほどです。
なぜこんな話を始めたかというと、駅の自動改札でSUICAやPASMOなどのICカードをタッチさせる際に、「パチン!」という音を立てる人を時々見るからです。どうもタッチの仕方に性格あるいは気分が表れるような気がします。翳すだけで通過する人もいれば、私のように静かに面タッチする人もいます。極たまにですが、「これでもか!」という具合に強く叩きつける人もいます。時には反応せずに赤く点滅する改札機に、イライラを隠そうともせずにバシバシ押し付ける場面も。それが、なぜかしら将棋の「王手!」のような駒音に聞こえるのです。
さて、所作が美しいと好感がもたれ、魅力的に見えるものです。所作とは、立ち振る舞いや身のこなしですが、椅子に座ったり物を取ったり歩いたりするすべての動作に通じます。私たち日本人は、そうしたことに敏感であるともいわれます。少し意識するだけで周りの印象を変えることができるなら、子供にあっても大切にしてほしいものです。
そういう目で藤井名人の一挙手一投足を見てみるのも面白いかもしれません。
423 歯磨き(24.5.30)
一日のうちで、「今」に意識を集中している時間、「今」を感じている時間はどのくらいあるのでしょう。そうした間には、物事のマイナス面(後悔や不安、心配事など)が頭の中に入り込む余地がなくなるといいます。例えば、スマホから離れて「ながら行為」をしない時間は、不安などから解放されるとともに、聴覚・嗅覚・視覚・触覚が研ぎ澄まされるといわれます。
さて、昭和の腹痛薬といえば、ラッパのマークの「正露丸」というのが、私の中の既成概念?!真っ黒で丸々して、まるで消しゴムのかすを丸めたような錠剤です。主成分がクレオソートというものなので、そのまま呼ぶ人もいるみたいです。手の上に出して飲むと、しばらくは掌が正露丸臭になります。これを歯に詰めて歯痛を抑える使い方もあったのです。幾度となく歯に詰められて、苦虫を潰したような顔になっていた経験は、知る人のみぞ知るといった感じ。一時的に痛みが治まる効果はあるようですが、治療薬ではありません。
先週、偶数学年の歯科検診が行われました。6年生女児2名が「健歯児童」に選ばれて、虫歯予防大会の審査に臨みます。虫歯や歯周病がなく、歯並びがキレイで汚れがないなんて、正露丸にお世話になった者としては羨ましい限り。一方、歯磨きを疎かにして歯垢が目立つ子も少なくないようです。「ながら歯磨き」ではないにしても、上の空で歯ブラシを咥えているだけ、動かしているだけという姿も想像できそうです。ブラシの先が歯のどこに当たっているのかをイメージしながら歯磨きすることが大事であると学校歯科医は話してくれました。そのためには、歯ブラシの持ち方を「鉛筆持ち」にすることが望ましいといいます。
『ノンタンのはみがき』という幼児向け絵本があります。「はみがきハ~ミ~、シュコシュコシュッシュ」と、子供が小学2年生くらいまで歌いながら仕上げの歯磨きをしていたのを思い出します。学校歯科医の先生曰く、8歳くらいまでは、親が子の歯磨きに気を配る必要があるとのこと。一生使う歯だからこそ、親も子も口腔衛生に関心を持ってほしいと思います。さぁ今日は、奇数学年の歯科検診です。
422 初夏(24.5.29)
シャポーの花屋の前に「紫陽花」「芍薬」という文字が、少し前まで見られました。学校のアジサイは徐々に色づき始めてこれからが楽しみです。蕾で買ってきたシャクヤクも見事です。花弁の多さと繊細さには驚かされます。終わりに近づくと、その花びらが小さな塊になって落ちます。テーブルに重なる花弁は、まるで薄く小さく剥いた玉ねぎのよう。
1ドルが160円を超えたときにはビックリ。30数年ぶりの円安とも言われます。では、30年前と今とでどれだけ違うのかを比較してみました。消費税(3%→10%)、ディズニーランド(4,800円→最大10,900円)、ビッグマック(210円→480円)、セブンスター220円→600円)、郵便はがき(50円→63円→85円)と、ざっと挙げただけでも驚異的な物価上昇率です。学校給食も例に漏れません。決められた金額の中で必要な栄養価を維持し、品数や見た目、味にもこだわりたいはず。これを担う栄養士にとって物価高は胃が痛くなる社会現象以外の何物でもありません。
キャベツも高い!スーパーでは一玉300円強。気軽に使える金額ではありません。キャベツの千切りやご飯のお替り自由のとんかつ屋がありますが、お詫びの貼り紙だってありそうな気がします。
運動会前にはたくさん生っていた平田小のサクランボは、食べる前に全部落ちてしまったようです。一方、スーパーではアメリカンチェリーが出始めました。その一角に「佐藤錦」と書かれた、握りこぶし程度の量かつ高価なサクランボが数パック。必然的に色が濃くて安価な方が買い物かごに入れられます。そして、ヨーグルトに数粒入れて食べるという経済的な食し方になってしまいます。最近の果物は種無しばかりになっています。チェリーと同じくらいの大きさのブドウもそうですから、種を出すのを忘れそうです。ある時、手の上に乗せた錠剤を、チェリーの種と間違えてごみ袋に捨てそうになったことも。あぶねぇ~。
子供たちの目には、今の季節がどんなふうに映っているのでしょう。花でも野菜でも果物でもよいのです。大人になっても感覚として思い出すような豊かな感性をはぐくんでほしいと願います。
421 color(24.5.28)
自宅近くに栗林が点在します。細長く花を咲かせて、独特の匂いを振りまきます。特に、今日のような雨の日は…。近づいてその花をじっくりと見てみましたが、花の季節が終わると、黄緑色の実をつける頃まで関心が失せてしまいます。だから、どうやってあのイガイガトゲトゲの栗の実になるのだろうと不思議でなりません。先日、栗の花を接写してきました。1週間ごとに写真に収めて、実になるまでを観察記録にまとめようかと思ったくらいです。
さて、栗にも和栗と洋栗があるようで、晩秋になると和栗を使ったケーキが出回ります。そんな「和」「洋」ある中で、「わしょく」という響きは、頭の中で「和食」という文字に一瞬で漢字変換されます。ワープロ変換も和食一択です。しかし、「和色」という言葉が存在することを、ひょんなことから知りました。日本の伝統的な色の名前とカラーコードが一目でわかる色見本『和色大辞典』なるものがあるのです。そこには、桜色に始まり暗黒色までの465色の名前が載っています。さらに、原色として140色、洋色には285色が取り上げられています。
先の栗の花の色を和色で例えるなら、「蒸栗色」「女郎花」「枯草色」「淡黄」あたりかと…。どれも聞き慣れない色言葉ですから、栗の花を知らない人にはイメージできないかもしれません。ただ、歴史の流れの中で名づけられた和の色の名称は、どれも美しく風雅です。
昨日、プール脇の道路沿いにビワの実を見つけました。オレンジ色のビワがたくさん生っていることに気づいたのです。体育館脇のサクランボを食べ損ねた私は、ビワとザクロ、そしてヤマモモの実を食すことを今楽しみにしています。このビワをオレンジ色と表現しましたが、洋色だとほかに「マンダリンオレンジ」「マリーゴールド」が近いかもしれません。和色では「金茶」「蜜柑色」「黄赤」「黄丹色」あたりかと思いますが、自然の作り出す色を表現することは、和・洋の言葉でも絵の具でもとても難しいものです。
初土俵から7場所目という最速優勝を果たした大の里関にあっては、どんな色の相撲を見せてくれるでしょうか。