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Bee's Cafe
056_かもしれない(25.7.3)
柏井小の子供ってすごい!と感心すること。雨の日に細い道に車がやってきたとわかると、道の端に避けるだけでなく、それまで差していた傘をすぼめて車とぶつからないようにするのです。そうした所作が身についている子が一人や二人ではないことに驚きます。
逆に、どこの学校でも同じですが、挨拶をしても視線すら合わせない子がいることは残念です。私は透明人間なのかなと疑ってしまうほどです。旗当番や見守りボランティアの方の嘆きもわかります。ほんの一握りであっても、それが全体かのように強く印象付けられることもありますからもったいない。
ある日、学校から帰ると、テーブルの上にリンゴが乗っている。でも、「もしかしたら、これはりんごじゃないのかもしれない」「大きなサクランボの一部かもしれない」「何かの卵かもしれない」と妄想が広がっていく主人公の想像力を描いた絵本『りんごかもしれない』は絵本作家ヨシタケシンスケさんのデビュー作です。
この「かもしれない」という想像力・発想力は、危機管理にも応用できそうです。車の発進時や左折時などに、死角に入った幼児・児童がはねられる事故が相次いでいます。運転者は、「子供がいるかもしれない」と考えるべきですし、子供は「気づかれていないかもしれない」「歩行者用信号機は青だけど、車が止まらないかもしれない」などと最悪を想定することで事故を回避することができます。地域では、「このブロック塀が地震で倒れてくるかもしれない」「あの暗がりに人が潜んでいるかもしれない」と想像豊かにすることは自分を守ることにつながります。昨日、1年生と3年生が交通安全教室を受講しましたが、知識と実践は自分の身を守ります。ただ、必要以上にネガティブならない程度に。
AIに依存しすぎることなければ、物は使いよう。そして、自分の頭も使いよう。
055_ようせい(25.7.2)
今日から6年生の卒業アルバム用の写真撮影が始まります。授業場面や委員会の写真、集合写真などいろいろです。私自身、撮影がある日に合わせて剃髪する日を決めます。誰も気にしないし気づかないと言われても、2日目の髪が丁度よいと決め込んでいるのです。
ある日、前任校の同僚の先生からラインが届きました。今、ChatGPTでの画像作成に嵌っていると言うのです。さらに、卒業アルバム用に撮影された私の写真を加工したものが添付されます。「この写真を蜂の妖精にして!」とお願いしたそうです。さすが妖精!ジジイに似ず、可愛くてなかなかの好印象ではありませんか。しばらくの間スマホの壁紙にしています。
さてここ最近、頓(とみ)に人の名前が思い出せないことが増えたような気がします。ドラマに出る有名な俳優も同様で、「○○というドラマに出て○○の役だった、ほらっ、あの人だよ~」といった感じ。先生の名前もそう。毎日顔を合わせているのに、肝心な時にド忘れしてしまうわけです。顔は思い浮かぶけれど、名前が出て来ないことは日常茶飯事です。きっと名前を覚えるシナプスがブチブチに切れているのかもしれません。残念なことに子供の名前も、覚えた翌日に「あれっ?」なんてこともしばしば。そんな時は、記名された上履きや名札をカンニング。
ただ、「先生」というワードに関しては超便利。医者・議員・教員なら、「先生」と発しておけば苗字なんか二の次。名前を思い出せなくても、問題なく会話が成立。そしてとんでもない時に、突然その名を思い出すのです。
「今朝のおかずは何だっけ?」「今朝、ご飯食べたっけ?」とならない頭に養成しなければ!
054_半夏生(25.7.1)
昨日の給食にあった「夏越(なごし)」の厄除けは、恥ずかしながら初めて知りましたし、京都では古くから6月の最後の日に「水無月」(和菓子)を食べる習慣があって、一年の半分の穢れを落とし、残り半分の厄払いをするということも少し前に聞きました。
さて、今日は「半夏生(はんげしょう)」という、節分や彼岸、八十八夜などと同じ雑節。この半夏生は、夏至から数えて11日目(一般的に7月2日)から七夕までの5日間を指し、この頃に「天から毒が降り、地から毒が生える」という言い伝えがあったため、農家は半夏生までに田植えを終わらせるという習慣まであったといいます。
また、関西では半夏生の頃に、豊作を祈ってタコを食べる習慣があります。これは、作物がタコの足のように大地にしっかり根を張ることを祈願するという意味が込められているのです。タコにはタウリン(ファイト~、イッパ~ツ!)が豊富に含まれるため、蒸し暑さなどから疲れが増すこの季節に食べるのは理にかなっているようです。讃岐では半夏生にうどんを食べる習慣があるといい、7月2日を「タコの日」あるいは「うどんの日」としている地域があるのです。
気が付くと今年も後半戦。新年度から数えても4か月目です。振り返ってみたときに「何をしただろう」「成果と呼べるものは何だろう」と焦りを覚えます。できることを「自分から積極的に楽しむ」という姿勢を、残り半年貫いていくための振り返り地点だと思います。そんな気持ちが、時間とともに薄れてしまわないように気を引き締めます。
相変わらず高値が続いているタコ。「タコの日」に限らず、誰かが口に入れてくれるタコなら刺身でもたこ焼きでも遠慮なくいただきます。
053_モヤモヤ(25.6.30)
以前住んでいたマンションは、約20年前に最初の大規模修繕工事を行いました。管理組合の理事長を務めていた流れで、修繕委員長も引き受けることになったのですが、業者選定に始まり修繕工事内容ほか、委員・住人の方と何度も協議を繰り返しました。80世帯と規模は大きくありませんが、やり遂げた感があったことはよく覚えています。その後、修繕が行われているのを見ないので、居住者の理解や修繕費の高騰など、難しいことが立ちはだかっているのだろうと、要らぬ心配をしてしまいます。
住宅ローン完済の見通しが立たず、手放さざるを得なくなった同世代の会社員の記事も目を引きます。マンションの管理費等の値上げ、私学に通う子供の学費、リーマンショック、病気の治療費など、当初の予定をはるかに上回ることになり、二進も三進もいかなくなったといいます。身につまされます。
また、「定年延長で同じ仕事 給料減なぜ」という見出しの新聞投書を、朝からうなずきながら読みました。高校の先生で、4月から定年延長の1年目突入。実際に給与明細を見て、給与30%削減の現実を突きつけられたといいます。仕事があって恵まれていると思う一方で、これまでとスキルが大幅に下がったわけでもなく、何一つ変わらない労働に対して、給与削減はモヤモヤが残ると記しています。
ある先生は私を、「コスパ最強の校長」と称えてくれましたが、若返る校長会の平均年齢を爆上げする老害と言われないように、今だからこそできることに恐れずチャレンジです。
そうは思いながらも、ボーナスの明細書を見るのは辛い!
052_心戒十訓(25.6.27)
本土最大の地上戦となった沖縄。日米合わせて20万人が犠牲になったその日から80年。追悼式典で、小学6年の「おばあちゃんの歌」という作文の朗読があったと報道されました。新聞掲載された全文を読む中で、改めて沖縄戦体験者の苦しみと散らした命、そして命のつながりを実感しました。さらに翌日、作文にあった言葉を引用して、“胸迫る「艦砲射撃の食べ残し」(佐藤隆治作)”と朝日川柳に投稿がありました。
にもかかわらず、世界に目を向けると、ロシアとウクライナ、イランとイスラエルの戦争に終わりが見えません。報道されない紛争がほかにもたくさんある中で、私たちは何ができるのでしょう。決して他人事ではなく、危機感を覚えてしまいます。
私たちは、人間関係で支えられていると言ってもよいのではないでしょうか。だからこそ、大人も子供もその人間関係が悩みの種となって苦しむことがあります。この人間関係のベースとなるのは、相手との信頼関係。そのために必要なことを、故 渡辺博史氏は『心戒十訓』(10個の自戒の言葉)として残しています。「人間関係は、相手の長所と付き合うもの」「人に何をしてもらえるかより、自分に何ができるか」とあります。その裏には、相手を変えるのではなく、自分の思いや行動を変えてみる。つまり、互いの信頼関係を築くのは自分の出方次第と読み取れます。これらは、外交にも通じそうです。
「挨拶はされるものでなく、するもの」「分かるだけが勉強ではない、できることこそ勉強」「いい人生は、いい準備から始まる」という言葉もうなずけます。今から始めても早すぎ(遅すぎ)るということはないはず!
さて、5年生は友達や自分の良さを発見して、ちょっと成長して帰ってくるかな?
051_主人公(25.6.26)
「月光仮面」を知る人、この指と~まれ!でも、月光仮面なんて古すぎると一刀両断にされそうですし、私の記憶にある実写映像だって再放送かも?
今日から5年生が、館山方面での林間学校に出かけました。林間学校で校長の役割の一つは、キャンプファイヤーの「火の神」。真剣に見つめる子供たちに何を語るか、悩みに悩みます。一方、楽しかったのはファイヤーのスタンツ。先の月光仮面の歌を歌いながら、子供たちをリードしていた指導者を見て憧れたのは、教員になりたての頃。見よう見まねで自分の学年でやったことを思い出します。「♪月光仮面のおじさんは~」のフレーズでは、かからないエンジンを始動させるために何度もペダルをキックするポーズ。「♪疾風(はやて)のように現れて~」では、ハンドルを握ったポーズで右や左へ行ったり来たり。歌も月光仮面の存在を知らない世代に、声を嗄らしながらやっていた若かりし頃が懐かしい。
ところで、月光仮面はアニメにもなっていますが、それ以外もほぼ例外なく、主人公の名前が番組のタイトルになっています。例えば、『サザエさん』『ドラえもん』『アンパンマン』『クレヨンしんちゃん』『ゲゲゲの鬼太郎』『忍者ハットリくん』等々。
ただ、『天才バカボン』(赤塚不二夫)の主人公を問われたら、「バカボンのパパ」だと思います。どうも連載が始まる前は、バカボン(愚かな兄)とハジメちゃん(賢い弟)の二人が中心になる予定だったといいますが、パパのバカぶりが読者に受けて、出番が多くなったと。このパパは、昭和元年のX’マスの夜に生まれ、生後2か月までは天才だったと何かで見た記憶があります。これも懐かしいと思うのは私くらいで、「何のはなし?」と首をひねる人のほうが多いのだろうなぁ。
引率でみんな出払った今日からの2日間、留守番役にもいくつもの仕事が与えられて大忙し必至。
050_万歳と手締め(25.6.25)
ヤマモモの実が地面にたくさん落ちています。この実が食べられることを知ると、帽子を投げて落とそうとする子がいます。そのすぐそばでは、2年生が育てるミニトマトが徐々に赤みを増しています。実付きもよさそうです。嬉しさゆえに慌てて口に放り込んで、ウズラの卵同様、喉に詰まらせないように!
さて先日、船橋や鎌ヶ谷の市長選、そして都議選があり、速報がテレビで報道されました。翌日のある朝刊には、船橋・鎌ヶ谷両市の市長が声高らかに万歳をしている写真が並んでいます。よく見ると、手のひらが内側を向いています。両手を真上に挙げたとき、手のひらが互いに向き合うよう内側にするのが、万歳の作法といいます。このときに、右足を半歩前に出すのが正式なようです。こう考えると、私がする万歳はお手上げのポーズ以外の何物でもありません。
また、手締め(手打ち)が宴会や会合の最後に行われますが、手締めにはいくつかの種類があり、選挙の慰労会などでは「三本締め」が一般的なのかもしれません。一方、「一本締め」は「よ~ぉ、パパパン・パパパン・パパパン・パン」の10回の手拍子。この「10」には意味があって、「九に一を加えて丸となり、物事を滞りなく丸く収める」という想いが込められているといいます。それをさらに簡略化したのが、「よ~ぉ、パン」と1回だけ手を叩く「一丁締め」(関東一本締め)になります。妻曰く、「それって教員の世界だけで通用するものでしょ」と。よって、ここはその説明も兼ねます。
たまにあるのが、一本締めなのか一丁締め(これも一本締めと呼んでいるので)なのかよくわからない場面。「あれっ?」なんて恥ずかしい思いにさせられてしまうことも。だからそうならないために、とりあえずパンと叩いた後、周りの様子を窺って追随する弱気の虫が現れるわけで…。
ただ、会を締めたにもかかわらず、店を出たところに大勢が集まって話し込む光景はよくありますし、通行人の迷惑なっている自分にも気づいています。
049_ドミノ効果(25.6.24)
最近、俳優の山口智子さんを起用したテレビCMを目にしました。還暦を迎えたというのに、あまり変わらないのはうらやましい限りです。CM内容は、骨粗しょう症に関する早期受診と適切な治療を訴えるもので、「STOPドミノ骨折」というキャンペーン。女性に特に多いとされる骨粗しょう症が原因で、一度骨折すると次の骨折を引き起こしやすくなると言います。高齢化により、さらに患者数の増加が予測されているため、啓発を目的としているようです。高齢者がケガにより床に伏せる期間が長くなると、衰えが加速するのは経験により実感しています。自分も家族も十分気をつけます。
さて、ここで取り上げられたドミノの牌サイズは、一般的に長さ5cm・幅2.5cm・厚さ1cm弱が多いようです。このドミノ牌は1.5倍の大きさのドミノ牌を倒すと言われます。つまり、高さ5cmのドミノは、30枚目で東京スカイツリーの高さのものを倒す計算になります。53枚目で地球の半径、133枚目で銀河系の直系の高さを倒すというわけです。これが「ドミノ効果」といわれるもの。
ちなみにこんな問題もあります。A:1億円を一括でもらう、B:1日目は1円、2日目は2円…というように倍になるように30日間もらう。あなたならどっちを選ぶ?という質問。どこかドミノ効果に似ているような気がして…。結果、Bは28日目で1億を超え、30日目で5億超えでした。
もしかすると、人の「やってみよう」といった純粋な想いには、とてつもない大きな可能性を秘めているのかもしれません。だからこそ、今迷っているその小さな一歩を踏み出す勇気、考えたことを行動に移すことには、きっと意味があると思うのです。
048_日傘もいいもんだ(25.6.23)
自宅キッチンのカウンターには、季節に応じて手ぬぐいの柄が変わって敷かれます。梅雨入り頃から、てるてる坊主の図柄ですが、その中に見慣れた顔が混じっています。誰かがペンで部分的に書き加えたのかと目を凝らしましたが、最初からプリントされているようです。そんな手ぬぐいに親近感を覚えた一コマでした。
さて晴れた日は、暑さ指数(WBGT)計測器を校庭にセットして、休み時間や体育学習の前には確認します。総武線沿線の学校だと、指数31を優に超えているだろうと思われる日でも、柏井小は若干余裕がある数値を示します。高台にあり、木が多く、風通しがよい環境だからでしょうか。
先週猛暑日の正午、船橋法典駅まで歩いて出かけ、一番暑い時間帯に帰校しなければならない出張がありました。この日、ついに日傘デビューを果たしました。日射しを遮るものがない頭部を守るのは帽子か日傘しかありません。さすがに帽子はないので、選択肢は日傘(晴雨兼用)を差すか差さないか。でも、使ってみるとなかなかよい気がします。駅に着いて触れた傘の表面は結構熱くなっていますから、効果はあるのでしょう。
この時、1年生の国語『おじさんのかさ』をふと思い出しました。雨の日なのに大事な傘を濡らしたくないおじさんは傘を差しません。子供が傘に当たる雨粒の音を歌にしているのを聞くうちに、自分も広げてみて傘の本当のよさを知るのです。体裁ばかり気にして差さなかったのに、いざ使ってみると、よさを実感し意味に気づいた自分とどこか似ているような気がしてきたのです。
こんな経験から、子供たちには日傘を推奨したいと思います。
047_珍解答(25.6.20)
校長室金庫にある大事なブツを受け取りに、PTA役員の方がやってきました。いつものように開錠しようと思いきや、鍵が回らない!なぜ?そういえば…。先日校長室に来た子がダイヤルをグルグル回していたのを思い出しました。操作手順を示す紙があったので事なきを得ましたが、心配なのでダイヤルをテープで固定しました。逆に、これまではずっとその必要性がなかったということかぁ。
さて、子供たちが真剣に考えて絞り出したテストの解答には、思わずクスッと笑ってしまう珍答が混ざっていることも少なくありません。私自身、間違えた解答にも粋なコメントを朱で添えられるようでありたいと思ったものですが、なかなかうまくはいきません。それでも、「次は頑張ろう」という気持ちにさせることを心がけたつもりではいます。
例えば、「“文集”という言葉を使って熟語を作りなさい」という設問に対し、「週間文集」と書いた子供がいたら、「週刊文春かな?」と書いて丸をつけてあげたいものです。低学年で「水という漢字を使った言葉を書きなさい」という問題に「水どう」「水みんぐ」という答えを見つけたらどうしましょう?切り返しには、ウィットと心の余裕が必要です。
■一兆(丁)目の角を曲がる
■空(家)に帰る
■住めば港(都)
■休日に家で死(詩)を味わう
■球を切った切り口の形 は? ➡ まっぷたつ(円)
■〔 〕の文同士を意味が通るようにつなげる問題 ➡〔A君はお母さんにいつも怒られてばかりです。昨日も〕お母さんに怒られて〔ます。だから、今月の目標は〕ひっこし!
どれも見事な解答です。どんなコメントを添えましょうか。(SNSより)
046_糸瓜(25.6.19)
登校してくる子供たち男女を問わず、日傘を差す子が多いことに気づきます。長い道のりに日陰がほとんどないからかもしれないと一人納得しながら、日陰に身を隠す朝。
さて、“環境への負荷を少しでも減らせればと思い、ヘチマタワシを自分で作って使用しています”という70代女性の新聞投書。“台所洗剤をつけると、スポンジほど泡立たず、タワシほどしっかりはしていませんが耐久性は十分”と推しのコメントです。
近年、学校では4年生がゴーヤ(ニガウリ)を育ててグリーンカーテンにする光景を目にしますが、昔は3年生でヘチマの実の栽培だったように記憶します。ヘチマやゴーヤが選ばれるのは、花の大きさや雄花と雌花の区別、栽培時期などの関係から適切だからと思いますが、ヘチマタワシもヘチマ化粧水も利用されない現代では、食用になるゴーヤの方が現実的なのかもしれません。
子供のころは、家でもヘチマを栽培する棚がありました。50cmはあろうかというヘチマを収穫して、どぶ(今や死語?)に浸けておいて茶色くなるまで待ったような?!腐って柔らかくなった皮を剥がして種を取り出せば、すじ(網状の繊維)が残ります。これを乾燥させれば立派なヘチマタワシの出来上がり。
風呂で固形石鹸をこすりつけ、ヘチマで体を洗いました。ある程度使うと柔らかくなってきますが、最初のころは肌に線キズが残るくらい痛い!ゴシゴシされた背中はヒリヒリ。ましてや、夏場の日焼けした肌には凶器以外の何物でもなかったのです。
歌人であった正岡子規の絶筆三句すべてに、糸瓜(ヘチマ)が詠まれます。亡くなる直前の子規の、ヘチマ水を取ることが叶わない無念さが窺えます。私においては、思い残すことがないようにタワシ作りをまたやってみたいなぁ。
045_My name is…(25.6.18)
赤ちゃんの命名は、親にとって楽しい悩みの一つであり、ある意味一生を左右する大事な仕事ではないでしょうか。キラキラネームだって悩みに悩んで考えられたもの。でも読めないなんてことがしばしばあって、学校や役所職員の悩みの種。その対策ではありませんが、戸籍にフリガナが記載されるように制度変更されたのは5月下旬。そして、フリガナは、一般的に認められている読み方でなければならないとされました。これによって、「心(ピュア)」「海(マリン)」「光宙(ピカチュウ)」などは、規制対象となるわけです。
そんなことを考えながらネット検索をしていたら、4年前に勤務した学校の校長ブログがあらわれました。自分の名前について綴っています。“漢字を説明する際には、「ミツバチの蜂に、横須賀の須賀」「永久(久しい)の久に、幸せ」と伝えます。でも隣で、「久しぶりに幸せ」と言って笑っている輩がいます”といった内容。
私も子供の名前にこだわりがありました。30年以上前の国語の教科書に『道産子』(吉田元)という単元がありました。雪に埋もれて生き抜いた、どさんこ馬の生命力が印象的な説明文だった気がします。そこで、「冬」と「馬」を使いたいと考えたのでした。当然読み方も普通じゃ面白くないので考え抜きました。したがって、命名は自己満足の世界なのかもしれません。
低学年で「大きくなった私」を振り返ることがあります。その時に、自分の名前の由来を初めて知ることもあるでしょう。名前にこめられた想いを胸を張って言える子供たちであってほしいと願います。
044_ファイト!(25.6.17)
多くの人の気持ちを揺さぶり、「よし、がんばろう」といったポジティブな気分を喚起する応援ソングって何だろう?ZARDの『負けないで』、岡本真夜『TOMORROW』?大事MANブラザーズの『それが大事』もヒットしました。ある人は、槇原敬之『どんなときも』を挙げるかもしれませんし、古くは中島みゆき『ファイト!』も自分にエールを送ってくれます。個人的には、ドリカムの『何度でも』でパワーが湧き、AI『Story』を聴けば「一人じゃない」という気にさせてくれます。まだまだたくさんあるのでしょうが、その中でも『愛は勝つ』(KAN)は、応援ソングの代表格。カラオケでよく歌ったのを思い出しますが、歌い出しのキーを間違えて、喉に物が詰まった鳥みたいだった時も…。
校長室前のクイズへの食いつきは悪くありません。ある日の、「桃が5個あります。3個もらうと全部で何個になりますか?」という問題に対して、「簡単じゃん、8個だよ」と言います。そこで、「2個って答えたらバツかなぁ」と問うと、「当たり前じゃん」と言いながらもしばらく考えます。そして「えっ」と言いながら、「もらう」という言葉が曲者であることに気づきます。
「もらう」は、相手からいただく場合と、今ある中から持っていく場合とが考えられます。こんな問題があったとき、何も考えずに5-3=2をバツにしてしまわないように気をつけないと。やっぱり日本語は難しい。だからファイト!今日から始まる水泳学習も安全に、ファイト!
043_オオバコ相撲(25.6.16)
学校を異動すると、PCメールやHP等のパスワード変更が漏れなくついてきます。何の関連性もない英字と数字の羅列。しかも長い!「こんなのを覚えられないよ」と思いながらも、毎日入力を繰り返していると、あら不思議。頭の中で「キューピーさんに…」などと言いながらも、メモを見なくてもすらすらと大文字小文字も間違えずに打ち込めています。まだまだ順応性はあるようです。
さて、オオバコ相撲(草相撲)ってわかるでしょうか?道端や公園、校庭で自生する植物のオオバコ。空に向けてすくっと伸びた丈夫そうな茎を根元からもぎ取って、相手のものとUの字に絡めて引っ張り合います。そして、切れなかったほうが勝ちとなるのですが、こんな遊びをする子を見かけることがなくなりました。茎のつかみ方、引っ張る際の力の加減など自分なりの必勝法を、今も大事に胸にしまってあるのです。だから、車で通る柏井小までの道すがら、逞しく生い茂る太めのオオバコを横目に、遊びたい気持ちがムクムク。そして先週、1年生の公演探検に付き合った際、1年生にオオバコ相撲を教えて遊びました。負けてしまって、「もう一回」と子供におねだり。でも、あまり興味を示さなかったような…。
また、正門前の畑の端に菊が植えられています。よく見るとテントウムシがたくさん。しかも何種類もいるのです。それを見つけたのが登校してきた1年生。引率してきたお母さんの急く気持ちが伝わってきますが、子供はあれこれ言いながら楽しそうに見つめているのでした。やっぱり植物より生き物のに興味は惹かれるのね。
042_あなたの居場所(25.6.13)
青梅がスーパーで売りに出される時季になりましたが、人の性格には「梅」と「柿」の2種類があるらしいのです。これを知ったのは、最近の新聞コラムを読んでのこと。しつこい性格を「梅根性」、融通の利く性格を「柿根性」とも言うそうですが、どちらであっても、人間関係などで悩みを抱えることは少なからずありそうです。
さて、5月に6年生を対象にして、「支援ルーム」の名前を募集しました。「ゆとろん」同様に、卒業した後もずっと残る部屋なので、名前も生き続けます。残念ながら集まった名称は数点だけでしたが、よく考えてくれたことが伝わってきて嬉しくなります。折角なので、ここに紹介します。
①心のサポート教室(Tさん)、②みんなのへや(Fさん)、③心の教室〈自分の心のことがわかる教室であると思ったから〉(Kさん)、④みらいのこころ(Yさん)、⑤未来相談(Gさん)、⑥カナリア・ルーム〈カナリアのきれいな声と同じで、悩みもきれいになくなる〉(Eさん)の6つ。
さらに、AIの力も借りてみました。「かわせみ」「そよかぜ」に続いてイメージする言葉を尋ねると、「しずく」「こもれび」「みずうみ」「はなびら」「さざなみ」といった、静けさや優しさ、美しさを感じさせる言葉が並びました。これらも悪くない!
こうしたことを考え合わせて、『こころの教室「カナリア」』に決定します。自分の心と向き合ったり、居るだけあるいは話をするだけで困り感が少しでも薄れて落ち着いたりするような場所になればよいと考えます。
今ある状況を受け入れたり、自分の居場所を見つけたりすることができれば、再び美しい声で歌い出すと解釈できる、童謡『歌を忘れたカナリア』(西條八十)に通じる部分があるのかもしれません。えっ、知らない歌?
041_子供の熱気でムンムン(25.6.12)
つい先日まで2年生の教室ドアに、国語で学んだ「回文」がぶら下がっていました。「夜すき焼きするよ」「リモコンてんこ盛り」「用意ドン、四度言うよ」「ママが私にしたわがまま」ほか、見ているだけで楽しいので、掲示物の前でしばらく立ち止まります。しかも、ひらがな表記なので分かりやすい!それでは今晩のごはんは、「うどん、パスタ、レンコン、レタス、パンどう?」ですかねぇ。炭水化物多すぎ?こんなことを考える「爺さん、天才児」なのです。
雨の日の休み時間は賑やかです。校庭で遊べない分、廊下・階段の移動スピードが速い!いやいや、走ったり跳んだりしているわけで、「慌てない」「歩こう」とたしなめることになります。そんな中、6年生の教室では、「市川かるた」を配膳台に広げて遊ぶ姿や自作のカードゲームで対戦する姿もあります。校長室にやってきて、ソファに座っておしゃべりしたりゴリラなどのぬいぐるみを叩いたり…。
6月の生活目標は、「雨の日の過ごし方を工夫しよう」「いじめについて考えよう」です。学級で、どのように取り組むのかを話し合っている姿も目にしました。天気に関係なく、誰もがカラッとした心持ちでいたいと思います。だからといって、校長室のぬいぐるみをいじめないで!自分も相手も、ぬいぐるみも大事にする柏井っ子であってほしいと思います。(by Gorilla)
040_ウクレレ爺(25.6.11)
テレビで藤井風さんがピアノを演奏するのを見た妻の一言。「あなたの指の長さの倍はあるわ~」と感慨深げに…。長すぎじゃない?というか、そんなに私の指は短いかぁ?
その短い指のために挫折したのがギター。中学生のころ買ったのかもらったのか、フォークギターがありました。井上陽水『心もよう』をアルペジオで弾くなどする中で、どうしてもコードFができない!人差し指で1~6弦全部を押さえきれない。指が届かないから、カツカツした音しか鳴らない。よって、諦めへと誘われたのは必然なのかも。
そんな私が60歳を目の前にして始めたのがウクレレ。定年後に何の趣味もないのではいけないと一念発起!6本弦は無理でも4本なら何とかなるのではないかという浅はかな考え。楽器屋の店頭に飾られたウクレレの金額はピンキリ!少し高めの物を買えば、性格上もったいなくてやめることもできないだろう。さらに、ちゃんとレッスンを受けないと意思の弱い私には絶対続かないだろう。私以上に私を知る妻に、そう諭されたのでした。5年目に入りましたが、よく頑張っていると自分を褒めています。
先日、検診のためにいらした校医の方は、ピアノ・エレクトーン・ウクレレの3つを習っているそうです。ウクレレの話で盛り上がってしまいましたが、うんうんとうなずけたのが「老化防止のため」という理由。そうなんです!右手と左手と楽譜を読む眼と脳がつながっていることを実感しますから。新しい曲に挑戦し続けることも老化予防であり、真の楽しみでもあるわけです。
音色の違いが面白くて、一時は4本も所有していました。これらを無駄にはできないので、やっぱり辞められません。
039_#クルマが好きでよかった(25.6.10)
クルマ好きなら多くが知る『頭文字(イニシャル)D』。30周年を記念して、朝日・読売の6日の朝刊に掲出された一面広告「#クルマが好きでよかった」は、それぞれ違った絵で合わせると1枚の絵になるといいます。幸いなことに学校には両紙が届きますので、じっくり見入ってしまいました。聖地群馬をはじめ、作品の中でバトルが行われた地域など9地域では、レアな特別新聞広告が登場したようです。
さて、車通勤になって早2か月半。これまでの生活と大きく変わったことの1つ目として、一日の歩数の激減は当然のことです。駅から最寄り駅までの往復、学校と乗降駅との往復、そして校内の徘徊ならぬ巡回を合わせると、だいたい1.2万歩は確実でした。出張などで別の場所に赴けば2万歩に近づきます。それが、今ではこれまでの半分以下です。今日は学校内をよく歩いたと思われる日でも1万歩に満たない始末。そうであっても、電車だと片道1時間15分かかるものが車なら30分ですから…。車をいじったり運転したりするのが好きな私にとっては、車通勤はしあわせ~な時間でもあります。
変わったことの2つ目は、電車内での読書タイムがなくなったこと。これに伴って1冊の本がなかなか読み終わらないのです。図書館で借りて3週間の期限が終わるころに慌てることなんてしょっちゅうです。就寝前にも本を開くことがありますが、何度も同じ箇所を読んでいたり本が顔の上に落下してきたり…。
仕事を引退して自由な時間が増えたら、車を走らせて、あちこちの図書館へ足を運んで一日読書して過ごすのも悪くないかと思う時の記念日。本も雑誌も新聞もあるし、夏涼しく冬暖かく、節電にもなります。うん、そうしよう!
038_格闘技(25.6.9)
中学校に入学してどの部活にするか悩んでいるとき、「もらった防具一式があるから、剣道をやってみたら?」と母に言われました。それで入部した素直な私ですが、素振りとすり足ばかりで夏を迎えました。ムッとする生温い空気の中に香り立つ(?)防具。鼻が曲がるかと思うくらいの汗臭が嫌だったのと、手ぬぐいをうまく巻けないなんてしょうもない理由で退部したのが8月終わり頃。新しく買った竹刀が寂しそうだったのが忘れられません。そして、2年生からは友達の誘いでサッカー部に入ったのですが、技術が伴わず試合に出ることはありませんでした。
一方、祖母がプロレス好きだったこともあって、幼少時から毎週テレビで観戦していました。ジャイアント馬場やアントニオ猪木、デストロイヤー、ジャンボ鶴田、ドリーファンクJr、スタン・ハンセンなど、次々と思い出します。『スカイ・ハイ』が流れる中登場する覆面レスラーのミル・マスカラスに憧れて、タイガーマスクのような覆面レスラーになりたいと思った時期もありました。額が傷だらけの悪役ブッチャーは憎めませんでしたし、蒙古の怪人と呼ばれたキラー・カーンが日本人だったと知ったのは訃報の時。あんなに夢中になったのに、今は全く興味なしなんて、なぜでしょう。
ただ、ボクシングはいまだに観ます。世界が認めるモンスター・井上尚弥の試合は、わくわくします。昔、画面に食い入って観たのは具志堅用高。輪島功一やガッツ石松も好きでした。ある意味、サッカーやラグビーも格闘技かもしれません。16文キックやウエスタンラリアートを繰り出せばレッドカード確実ですが、華麗なステップや技以上に、体のぶつかり合いや駆け引きはやっぱり魅力です。
037_魔法のコトバ(25.6.6)
「♪棒が一本あったとさ~」で歌い出す絵描き歌を、6月6日になると頭の中に流れます。知らない人も多い『かわいいコックさん』に歌われるその日は参観日で大雨。でも今日は、気持ちのよい天気です。
一昨日、葛南教育事務所長による校長室訪問がありました。校長職として学校経営に抜かりはないか、監査・指導だと思ってください。また、全教員が全教科にわたって授業展開する訪問も4年に一度行われます。ただこうした機会は、自分の足元を見直し、「難しいことをやさしく、やさしいことを深く、深いことを面白く」という言葉があります。教材研究を熱心にしていた頃を思い出しました。この言葉にはさらに続きがあって、「面白いことをまじめに、まじめなことを愉快に、そして愉快なことはあくまで愉快に」なのだそうです。井上ひさし氏が生前に繰り返し言っていたことだといいます。
最初に難しいことに出会ったときは、やさしく紐解く支援者が大切ですし、学び進んで面白さを感じるようになれば、創造(想像)力が試されます。「愉快」の域に達するには周りの仲間との協働とユーモア溢れる環境は不可欠と思われます。まさに学びの世界!その演出は、教員の醍醐味です。
また、こんな話もありました。例えば自転車に乗る練習をしている場面で、大人が子供の腰に軽く手を添えて押してあげたとします。これまで乗れなかった子が自分で漕いで進んでいきます。その子は、大人の手の補助があったことなんか忘れて、自分の力で乗れるようになったと喜びます。程度の差こそあれ、私たちはこうした「勘違い」によって自信をつけてきたように思うのです。学校や家庭、地域の「魔法の手」「魔法の言葉」に包まれた子供たちなら、自信や自己肯定感が高まること請け合い!“魔法のコトバ~♪ 口にすれば短く だけど効果は 凄いものがあるってことで”(by スピッツ)
学校だより「うばやま」No.17は、12/15発行予定です。
■新入生保護者説明会について
新入生保護者会の案内を掲載しました。変更点がありましたら、本ホームページに掲載しますので、ご確認ください。
■ふれあいカレンダー
ふれあいカレンダーの頒布期間が、目標部数が完売となるまで延長となりました。引き続き、購入サイトが開かれている間は購入可能です。購入される方は、以下のURLからご購入ください。どうぞよろしくお願いいたします。
⇒ URL:http://www.fureai-calendar.com
■イベント紹介
(1)「プラネタリウムコンサート」
市川市少年自然の家で、12月7日(日)14時から行われます。対象は小学生以上、先着100名。
■柏井公民館より
柏井公民館だより
第5号 12月発行
■県「子どもと親のサポートセンター」から
不登校児童生徒支援事業のご案内
■市教育委員会から
【学校地域連携推進課】第2回サポート講座「家庭読書のススメ ~読み聞かせ体験を通じて~」のご案内(12/17)
【警察への通報・相談窓口の周知】警察への事件情報の提供先としての「匿名通報ダイヤル」や、学校に相談しにくい悩みに対する相談先としての「ヤングテレホンコーナー」があります。また、オンラインゲームに関わる情報も掲載します。ご一読ください。
非常変災時学校対応ガイドライン
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非常変災時ガイドライン(柏井小).pdf
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