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2026年1月の記事一覧

165_生きづらさからの解放(26.1.28)

 2週間ほど前、収穫したばかりの長ネギをいただきました。玄関外の傘立てに新聞紙に包んで保存し、必要な時に取って調理します。先日はかき揚げになって食卓にのぼりましたが、甘くて美味しかったぁ。脇役返上!立派な主役です。

 さて、自治体で心身の発達を診断する「5歳児健診」を行う動きが出てきました。就学前に発達障がいなどを早期発見し、子供に適した学習環境につなげることを目的にしているそうです。「障がいの有無による選別」をするものではなく、診断のついた子供たち自身が違いを意識しながらも、安心して生活していけるようにすることを目的にしています。生きづらさに苦しまず、よい方向に導くための助けになるものでありたいと願います。だから、保護者もそれを受け入れ、早い段階から適切な支援や配慮を一緒に考える材料にできたらよいと考えます。そのためには専門機関への相談も大切です。

 こうした中、学校評価に次のような意見をいただき、立ち止まって考えてみる必要性を感じたので紹介します。

 支援級と普通級との間の距離が、昔よりも広がっているように感じます。というのも、やや厳しい態度を取り続けている同級生がいるように見受けられるためです。その要因は、学校そのものというより、各家庭の影響が大きいのではないかと感じています。あくまで想像の域を出ませんが、インターネットの普及により、障がい者に関する情報に触れる機会が増え、その中には否定的・過激な意見も含まれているため、それらに対する心理的な抵抗感が薄れてしまっている可能性があります。(略)家庭内で保護者の考えや受け止め方が、率直に子どもへ共有されているのではないかと感じます。

 私個人として、(略)強い憤りをもっているというよりも、悲しい側面はありつつも、障がいについての理解がある意味で進みすぎた結果なのではないかと思っています。

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164_左利き(26.1.27)

 外でカラスがけたたましく鳴いています。ウグイスをはじめ鳥の声は聞こえませんが、カラスの声は波長が合うようです。そんな話をすると、「あれっ、仲間が呼んでいるよ」と反応するのは誰カァ~。

 最近ドラマを見ていると、左利きの俳優がたくさん画面に映ります。時にはテーブルを囲んで、複数の左利きが食事をする場面があって、以前に比べてサウスポーが生活に溶け込み、市民権を得たように感じるのは私だけでしょうか。

 息子が左利きなので、書き初めは大変でした。特に右上がりに書いたり右に払ったりするのを苦労しているのを感じましたが、右利きに直すことはしませんでした。妻も元々左利き。時代背景もあって矯正されたようですが、細かい作業は左を使う二刀流の今。

 一昔前は、左利きは障害という見方がありましたし、もっと古くは武士が刀を左腰に差すため、右利きが必須だったといいます。また、横書きノートでは、文字が左手でこすれて汚れるといった問題も指摘されたわけです。

 でも今は、直さなくてよいと考える人が多くを占めるようです。ハサミをはじめとする様々な道具に左利き用を出回っています。先日は、左利き用かぎ編みの本を図書館で見かけました。サウスポーを強みとできる場面もありますが、やっぱり書き初めや家庭科の裁縫(運針)を見ていると、右利きを基準にしているものはまだまだたくさんあるわけです。

 ところで、鳥や動物にも利き手?利き足?利き鰭なんてあるのでしょうか?

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163_百人一首(26.1.26)

 校内を回っていると、頭の後ろで両手を組んで4~5人が机を囲む姿を、年明けから何度見たでしょう。冬休みに五色百人一首を学年に応じた枚数覚えてきたようで、上の句を聞いただけで札をとれる子が低学年にもいます。日本文化に親しんだり日本語の美しさに触れたりしながら、友達と一緒に競う機会は貴重といえそうです。今週は、その成果が全教室で試されます。

 1月中旬の天声人語で、『第39回現代学生百人一首(東洋大学)』について触れていたので、早速全百首を読んでみました。小中高校生限定なので、等身大でリアルな喜びや不安、日常生活が表現され新鮮です。この中に市川市の公立小学校3年生の作品「おなかすき 集中できない 4時間目 3時間目も たまにそうなる」を見つけて、不思議と嬉しくなったのです。

 ほかにも、①「上着どこ いつも尋ねる 朝の僕 すぐに見つける 母はエスパー(高3)」、②「ネットから 情報仕入れる 私達 習字のために 使う新聞(中1)」、③「悲しみを 忘れずつなぐ 八十年 味わってみる サクマドロップス(中1)」など妙に親近感があります。①は私と妻のようですし、②は孫が学校で習字をするようになったら、古新聞が欲しいというかも。③に関しては、映画『火垂るの墓』を思い出しますし、ディーラーで1月4日限定配付された品が、スバル360が描かれたサクマドロップスでした。

 校内や家庭に「柏井百人一首」を募集したら集まるでしょうか。今日は「風呂の日」であり、千年に一度の「風呂の年」です。湯船に浸りながら、一首ひねってみようかなぁ。

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162_寒い朝は…(26.1.23)

 朝食前に血圧を2回測ると、上が123と111。そして、食べ終えた時刻が、テレビ画面で5時55分。昨日給食の食器を片付け終わったときに見た時計が12時34分56秒を表示。何気なく揃ったゾロ目や連番に、得したような、よいことがありそうな予感が…。そんな今日も1月23日。

 毎朝の通勤時、信号待ちの列の前方から何本もの白い湯気が立ち上ります。車のマフラーから出る水蒸気ですが、天気がよい日はこれを見て穏やかな気持ちになるから不思議です。そして思うのです。EVばかりになったら、なんでもないこんな一場面すら懐かしく思い出すのだろうと。

 学校に着いたあと、真っ白な息を吐きながら学区内をぐるっと安全確認をして回ったある朝。数センチにもなる、空き地の霜柱を踏んでいる集団を見かけました。高架橋から走り去っていく電車に向かって手を振っている集団もいます。ほのぼのとした光景に心まで澄み渡るようです。学校に戻ると、池の氷を割ったと思われる破片が散乱しているのもまた一興。そんな日は、どんなに防寒対策をしても無防備な頭だけはキンキンに凍ります。

 「キューティクル」や「天使の輪」が、健康で潤いのある美しい髪の代名詞として使われた時代があります。街頭で髪の強度を測定してくれる企画もありました。一般的に、1本の髪の毛は100~150gの重さに耐えられるそうでが、私の場合200gでも切れずに測定不能だったことを思い出します。

 今の髪型になってはや何十年ですが、その前は角刈り。さらに遡ればアイロンパーマやパンチパーマだった若かりし頃。量が多くて髪質が硬く、まとまらないが故にパーマで固めていたわけです。短くしても四方八方に伸びていくのが嫌で、今に至ったというわけです。今は見る影もありませんが、これこそ究極のおしゃれ?!と悟ったのです。

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161_Scramble(26.1.22)

 一年で一番寒いとされるこの時期。上裸や白装束で海や川に入ったり水をかぶったりする「大寒みそぎ」や「はだか祭り」が各地で行われます。その様子をニュースの映像で見たり、「気温4℃、水温1℃」というアナウンスを聞いたりしているだけなのに、こちらまで心臓麻痺になってしまいそうな気がします。

 さて、登下校のピンクコースには、「スクランブル交差点」があります。歩車分離式で、多くの子供たちが使っています。その様子を見ると、道路の向こう側を歩いていた子は横断歩道をL字に2段階で渡っています。「車が侵入して来ないのだから斜めに渡っちゃえばいいのに」と思う私。道交法では「斜め横断禁止」が規定されているようです。えっ、まさか違反なの?

 よく調べてみると、単に歩車分離の交差点では違反ですが、斜めの横断歩道が描かれているスクランブル交差点であれば斜め横断も可能なのだとか。このスクランブル交差点は、繁華街や駅周辺など、車より歩行者に重点を置く道路以外は設けることができない規定だといいます。なるほど~と思いつつ、繁華街とは言えない柏井町1丁目の交差点は、本当にスクランブルなの?と急に自信がなくなります。12月にまで遡りますが、ある朝、登校指導の名の下で確かめに行くと、ちゃ~んと斜めのゼブラが描かれていました。

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160_ガンバレ、受験生(2026.1.21)

 2日間にわたって新聞に掲載された大学入学共通テストの問題と解答。いつもその問題量に圧倒され、時間内に終わるのだろうかと他人事ながら心配してしまいます。不正による失格者もいたようですが、昔から「できるところから解く」のが原則。でも今の自分に、どこがわかるのかがわかりません。そもそも問題文や英文を読みたくない!とりあえずやってみた国語の漢字だけはパーフェクト!なんて威張れることじゃありません。

 この大学入試テストの名称は、5教科7科目のマークシート方式だった「国公立大学共通一次(1979-1989年度)」に始まり、私立も参加する「センター試験(1990-2020年度」を経て「共通テスト(2021年度~)」と変遷してきました。私は、受験戦争激化の共通一次の始まり世代。選択では「世界史」「倫社」「生物」「地学」で臨んだことを思い出します。6年生には中学校受験の子もいます。目的としての合格ではなく、やりたいことのスタートラインに立つための応援をします。

 さて、国語の問題ではありませんが、同じ文字なのに自然に読めてしまう日本人ってすごいなぁと思うのが、「最中を食べている最中」「素振りをする素振り」など。ほかにも「細々」「色紙」「大人気」など読み方によって伝わる印象が違うから不思議です。また、それを使い分けているのですから…。

 なぞかけも日本語独自の言葉遊びです。例えば、「タダで人から貰ったパソコンとかけて、ガンダムと解く。そのココロは?」。いかがですか。そのココロは「起動せんし!(機動戦士)」といった具合。こうしたアソビゴコロある出題があったら…なんて思う部外者ですが、みんなガンバレ。

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159_花まんま(26.1.20)

 毎朝、ローテしながら3か所の門近くに立っていると、肌むき出しの頭が寒い!悩んだ末、これまで学校で被らなかったニット帽の登場!でも子供たちは、校長と認識できず「変なおじさん」に映っているようで、その視線が実に痛い!翌日からは着用していませんが、寒さに負けそう。そんな今日は大寒です。

 厳しい寒さの中、庭には今ビオラだけが健気に色とりどりの花を咲かせています。ビワの花も、誰にも気づかれずひっそりと咲いているのを知っているでしょうか。オレンジ色の実をたわわにつけたときはあんなに人の目を惹くのに、白やクリーム色の小花は気づかれにくいようです。寒さから身を守るために褐色の綿毛が生えた茎や蕾に目をやってください。

さて、詩人・金子みすゞの作品に『花のたましい』があります。花を通して、人の生き方を教えてくれているように読めます。

 ちったお花のたましいは / みほとけさまの花ぞのに / ひとつのこらずうまれるの / だって、お花はやさしくて / おてんとさまがよぶときに / ぱっとひらいて、ほほえんで / ちょうちょにあまいみつをやり / 人にゃにおいをみなくれて / 風がおいでとよぶときに / やはりすなおについてゆき / なきがらさえも、ままごとの / ごはんになってくれるから

 この詩の最後にあるままごと遊びは、摘んだ花びらを器に入れてご飯に見立てるもので、「花まんま」と呼ばれます。これを表題とし、映画化された朱川湊人氏の『花まんま』を少し前に観ました。歳をとって涙腺が弱くなっているのもありますが、亡くなった両親への思いや兄妹の絆などが温かく切なく、もうぼろ泣き。ただ最近は、寒すぎても涙が出ることが多くなった気がします。

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158_I'll be back(26.1.19)

 麦わら帽子に手ぬぐいを首に巻いて、大口開けて笑うひげ面のおじさんといえば、カールおじさん。某菓子メーカーのスナック「カール」のCMに登場した国民的キャラクターです。その「カール」は、2017年に全国販売を終了して、西日本で限定販売されています。でも今年の12月末で工場が閉鎖されるとのこと。

 その「カールおじさん」が、「アールおじさん」となって画面に戻ってきました。ヨーグルトR-1のキャンペーンで復活したのです。体調管理の大切さを伝えるといいますから、これから受験に臨む人たちには、懐かしいというより頼もしい味方といえそうです。

 さて、元TBSアナウンサー久米宏さんの訃報が、新聞各紙に大きく掲載された先週。『ぴったしカン・カン』や『ザ・ベストテン』、『ニュースステーション』など、軽快かつ個性的な語り口で一時代を築いた人だったことを改めて思います。ユーモアと歯に衣着せぬコメントは、最大公約数の安定志向とは一線を画していたからこそ輝いて見え、人を惹きつけたのだと思います。政治的横槍もあったはずなのに変に忖度しない信念に基づいた言動。そうありたいと思いますが、底が浅すぎる私には決してまねのできるものではありません。

 そんな久米さんの想いを引き継いで、お茶の間に夢や理想を語りかける人物が再び登場するなら、「夢 宏(ゆめ ひろし)」なんて命名はいかが?!

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157_明る~いナショナ~ル♪(26.1.16)

 今朝はやけに、武蔵野線の電車の走りすぎる音がくっきりと耳に届きます。

 上野動物園でパンダが見られる期限が間近に迫り、週末の混雑が予想されます。双子のジャイアントパンダが中国に返還されると、日本国内から姿を消すことになります。中国との国交正常化を記念して、1972年に初めてカンカンとランランが上野にやってきました。何度か足を運びましたが、初めて行ったのは、パンダブームが一段落して行列ができなくなった頃。だいぶ経って、下の子が生まれるので娘と二人で行った寒空も思い出されます。足繁くパンダに会いに行く熱烈なファンもいますが、私はさほど執着はありません。ただ、何の罪もないのに政治問題と切り離せないパンダがかわいそうでなりません。

 さて、パンダと全く関係のない食器洗い乾燥機の話。日本で誕生したのはいつ?そんなに古くはないだろうと思いきや、昭和35年に松下電器(現パナソニック)が既に発売しています。実に65年前。パンダより古く、「三種の神器」と呼ばれた白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫が普及し始め、「洗濯の次は皿洗いだ」とばかりに食洗機の開発に着手したといいます。時代とともに共働き世帯が半世紀で倍増し、逆に専業主婦は半減。さらに家事は女性だけのものではなく男女共通の作業となっている現代、食洗機の技術開発はまだまだ進化することが予想されます。

 私は未だ食洗機を動かしたことがなく、「手洗いのほうがきれいになる」といった間違った固定観念を持ち続けている厄介な奴です。最新機種だと使用水量は手洗いの9分の1。ガス代なども加えると相当の節約になるといいますから、今から使い方を覚えておいても損はなさそうです。時間も節約できますし…。

 そういえば、松下電器のという家電ブランド「ナショナル」(2008年廃止)とともに、長年放映された『ナショナル劇場』のオープニング音楽を懐かしく思う人って、どのくらいいるのでしょう。

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156_文字起こし(26.1.15)

 ある会合で話された内容を録音して、文字に起こす作業をしました。録音機能と同時に、自動的に文字起こしする機能がスマホに備わっていることを知ったのはこの少し前。一抹の不安があるので事前に試すと、スラスラと文字になっていくのを見た時は感動!当日もつつがなく録音が済み、いざ文字起こしする段になりました。でも、ほんの数行分しか表れないではありませんか。地獄に突き落とされた気分です。神様に祈ってもどうにもならないので、調べたり人に尋ねたりして自力解決の時間です。結局1ミリも進展せず、仕方なく録音記録に耳を集中させたのは必然。聞き取れない部分が多いのですが、およその内容は把握していますから、適当につなぎ合わせて、足らない部分や間違いのチェックを第三者にお願いして仕上げたのでした。

 20年近く前を思い出します。やはり講演記録を作成するために、当時はカセットテープが伸びるほど戻したり進めたり止めたりして聞き、できるだけ正確に文章化したのです。それでも、聞き取りにくかったり知らない言葉だったりすると、同じ箇所を繰り返し聞き、打ち込んだ文章とにらめっこ。膨大な時間を費やすばかりで、ただただ嫌だった記憶が蘇ります。ですから、話す内容原稿をデータでもらえるようになった時には、その人が「神様」に見えたのです。

 さて、ホンダ四輪のロゴマークを26年ぶりに一新するというニュースを新聞で読みました。電動化や知能化が図られる四輪市場において、これまでの慣習や固定観念にとらわれることない変革・新たな価値の創造に対する決意が感じられます。

 スバルの六連星エンブレムも時代とともに変わってきましたが、この六連星は「むつらぼし」と読みます。ただその知識なく録音だけ聞いたときは、文字起こしに苦労するだろうなぁと訳の分からないことを朝から思ったのでした。

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155_君は美しい(26.1.14)

 学校の上履きは、スリップインタイプ。靴に足を入れれば、スポッと中に納まります。痛い腰をかがめる必要がありません。強いて言うなら、痛いのは脱いだ靴を拾い上げる時だけでしょうか。ショッピングセンターなどの靴売り場には、スリップイン・シューズが増えたように思います。

 子供のころは、靴のかかとを踏んで履くと叱られました。今でも学校では、安全を考えてかかとを踏まないように指導しますが、靴箱にはかかとの潰れた靴を見かけます。スポンと履けたらかかとを踏んで歩く子はいなくなるのかなぁ。

 話は変わりますが、104回目の全国高校サッカー選手権は、鹿児島の神村学園の優勝で幕を閉じました。同校は夏のインターハイ優勝校でもあり、夏冬2冠の達成です。高校野球が春夏の風物詩であるように、高校サッカーは冬の風物詩といえそうです。今年は6万人を超える観衆がMUFG国立スタジアムに詰めかけるという一大イベントになりました。ザ・バーズが歌った『ふり向くな君は美しい』を聞くと、ひたむきにボールを追う高校生の姿と敗者の涙、競技場の情景が自然と思い浮かびます。このテーマ曲は第55回大会から起用されているといいますので、半世紀にわたって親しまれていることになります。

 私自身も中・高とサッカー部に所属し、テーマ曲誕生とともに高校に進学したので1月の高校サッカーへの関心は一方ならぬものがあります。歴史が作り上げてきた高校サッカーというブランド。そのプレーを「美しい」と感じ、力いっぱい応援する人たちがいるからこそ、こんなにも浸透しているのだと改めて感じた成人の日でした。

 高価だったスパイクを大事に磨いたあの頃。今の子供たちにも、靴の履き方だけでなく、靴箱への入れ方、玄関での靴のそろえ方など、所作も「美しい」と言われるようであってほしいと願います。

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154_こんなはずじゃ?!(26.1.13)

 おとといの1月11日はチーバくんの誕生日でした。19歳なのだそうです。ということは、来年成人式ではありませんか。今朝のニュースで「東京23区の新成人の8人に1人は外国人」「新宿区は2人に1人」と報じていましたが、尊重し合いながら共生できる社会・学校でありたいと思います。

 さて、縄跳びを頑張る子の様子は、見なくても音で伝わってきます。校庭にある縄跳びボードの上で跳ねる音が休み時間になると響いてくるからです。交代しながらあや跳びや二重跳びなどに挑戦する姿を見て、自分も一緒にやろうと思ったのが昨年12月。息子から縄跳びを返してもらって、学校に持って来るまではよかったのですが、外に出ることがないまま短縮日課となり、冬休みに突入。以降、家の玄関に常駐です。

 じゃあ家で取り組んだのか?はい!2度だけ。1回目は2~3分。だって、いい歳した大人が一人で家の前で跳んでいる姿を客観的に思い浮かべると恥ずかしくてたまりません。冬休みにあちこちで子供が練習している姿を見ることがあっても大人は皆無。気弱な私は、妻に声をかけて2回目に挑戦です。でも、「あれっ?」と何度言ったことでしょう。前跳びすら5回もすると引っかかってしまいます。二重跳びに至っては、跳ぶ以前の問題!目の前の相手の方が「惜しい」って感じに見えるのが悔しくて、繰り返すうちにちょっとずつ回数は増えていったのです。

 頭の中には、「小学生の時は何でもできた」という間違って刷り込まれた記憶が充ちていますから、「おかしいなぁ」「こんなはずじゃ…」なんて苦し紛れの言葉でごまかします。子供にアドバイスしたり一緒に跳んだりするなんて滑稽極まりないわけで、駐車場から車を出して目隠しにして、気が向いたら跳ぶにとどめます。

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153_昔遊び(26.1.9)

 自分にも当てはまる行為を棚に上げて、他人の問題点を偉そうにあげつらううちに、巡り巡って私自身の負の行動の話にいつの間にかなっているなんてことがあります。墓穴を掘ったようで後悔することがたまにあるわけですが、何らかの行動に対するリターンが手元に返ってくることを「ブーメラン」と表現することがあります。そうかといって、ブーメラン自体を知らない世代にとっては、何のことやらという感じかも。

 70年代前半、駄菓子屋でプラスチック製のブーメランが好評を博し、原っぱで友達と投げて遊びました。ただ、U字を描きますが、手元にきちんと返ってきたことは一度たりとてありません。同じように、駄菓子屋で手に入れた銀玉鉄砲にも夢中になった時代。至近距離から撃っても新聞紙すら射抜けませんでしたから、BB弾とは違って友達同士で撃ち合っても比較的安全だったといえます。撃った玉を全部拾い集めはしませんから、遊んだ後にはそこらじゅうに球が落ちていました。あの小箱に入った玉はいくらだったのでしょう。金色の玉が登場したこともあって、笑いのネタになったものです。

 でも、さすがに正月からブーメランや銀玉鉄砲での決闘ごっこはやらず、凧やこまが中心。広場も多かったですが、やはり学校の校庭が一番安全でした。最近は凧揚げする光景をほとんど見ることがなく、淋しい気持ちもあります。

 2年生は12月にけん玉やコマ、おはじき、お手玉などに取り組んでいましたが、1年生の昔遊び体験はきっとこれから!凧揚げならぬ、「凧引っ張り」「凧引きずり」も見られるかもしれません。

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152_語り聞かせ(26.1.8)

 12月も半ばになろうかという頃、4年生の教室で「次のお昼の話は、いつですか?」という声をもらいました。嬉しくなって、「じゃぁ明日ね」と即答です。また、2学期の終わりには、6年生に「またお昼の放送で話をしてくれますか?」と尋ねられました。歌詞ではありませんが、「♪はいよろこんで、あなた方のために」と言いたくなります。

 放送室から声だけを届けていますので、その反応が見えません。どんなふうに聞いているのか。自己満足しているだけで、子供たちは求めていないのではないか。様々な疑問符が沸き上がります。だからこそ、先のような声が励みになります。これは学校だよりやこのエッセイにも言えることです。学級通信や連絡帳なども同じ。たった一言添えたり伝えたりされることで勇気百倍。家庭内でも、感謝や承認、励ましなどのショートメッセージが、家族を勇気づける言葉になること間違いなさそうです。

 さて、NHK連続テレビ小説『ばけばけ』の毎土曜日の総集編だけ見ています。髙石あかりさん演じる、小泉八雲の妻がモデルとなっています。小泉八雲といえば怪談!妻せつから聞いた日本各地の伝説や幽霊話に独自の解釈を加えて文学作品として蘇らせたことで有名です。代表作に「雪女」や「耳なし芳一」がありますが、ふと思ったのです。昼の放送ではこれまで、落語やとんち話、昔話をローテしてきましたが、ここに怖い話を混ぜてみようかと…。

 差しあたって給食開始の今日は、少し長いですが「耳なし芳一」をそれっぽく聞かせたいと思います。

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151_カバン(26.1.7)

 新年初出勤の鞄はコレと前夜に決めて準備を整えるも、怠惰な年末年始を過ごした身には、2時間近く早起きしなくてはならないのは辛いわけで、起きられるかどうかとっても不安でした。

 そんな仕事用の鞄は、色の経年変化を楽しめる本革が好きで、数種類をローテーション。リュック型が主流となった時代の流れにだいぶ遅れてビジネスリュックも買いましたが、登場の機会にはなかなか恵まれず…。

 休日外出するときも小ぶりのバッグをとっかえひっかえ。持ち歩くのは財布とスマホと家の鍵くらいなもの。最近はスマホさえあれば事足りるという人も多くいます。電子マネー・通信機器・カメラ機能・時計・メモ機能等が揃った万能選手ですから、手ぶらが一般的になりつつありそうです。水筒を持たなくても、あちこちに自販機やコンビニがありますから心配いりません。それでも、エコバッグやマスク、眼鏡などは持ち歩きたい人は、邪魔にならない物を選ぶわけです。

 ただ、小さな子供がいるとそうはいきません。哺乳瓶や粉ミルク、着替えほか衛生用品など袋に入りきらないほど。車がなければ一式背負って歩くわけですから大変です。さらに連れて歩く人数が増えれば…。

 忘年会シーズンだったか、鞄を店に一時置き忘れたことがありましたが、ある時気づいたらスーツの上着がないというときは焦りました。何軒か梯子をした後でしたので、私も酔っていました。それでも誰かが間違えて着ていないか聞いて回ったり、定かでない記憶を辿って探し回ったりしました。結局見つからず、小さくなって帰宅したことを思い出しました。きっと誰かが役立てているはずだと思いながらも、その事実を報告したときのあの気まずさは今でも嫌~な思い出。もうそんな飲み方はできませんが…。

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150_年末年始は…(25.1.6)

 年末の紅白歌合戦を観ながら、「よくこんなダンスができるよね」「足をこんなに複雑に動かせないよ」と言葉を交わしながら互いにうなずき、「脚は上がらない代わりに、息はあがるけどね」と笑い合います。また、字幕で歌詞が出るのを見て、「こういう歌だったんだぁ」と一人納得している私でした。

 番組後半、矢沢永吉・郷ひろみ・久保田利伸・高橋真梨子・布施明・ユーミンなどが登場して懐かしさとともに、みんな歳をとったことを実感します。画面が変わるたびに年齢を調べましたから、その検索履歴がズラッと並びました。自分とほぼ同じだったり後期高齢者だったり、完全に歌そっちのけ!そういえば、大トリのミセスが終わってから歌う松田聖子を見ながら、現在はピンのアイドルより、歌って踊れるユニットがもてはやされていることに一抹の寂しさを感じた大晦日でした。

 さて、いよいよ年が明けて、年賀状が届けられます。小さい頃は、束になった年賀状が家のポストに投函される音とともに玄関を飛び出していきました。そして、父親宛の年賀状の多さを羨ましく思ったのです。そんな自分が、高校生になってやったアルバイトが年末年始の郵便配達。自転車を漕ぎ、雪の日でも細かい住宅地図を見ながら配って回ったのです。局に戻れば、集まった年賀状を仕分けする内勤を3年間続けました。

 最近、アルバイトの学生が自転車に乗って年賀状を配達する光景が見られなくなったのは、我が家の周辺だけのことではないはず。バイトの選択肢が多い以上に、年賀状のやり取りが減って猫の手も借りたいほど忙しくはなくなったのかもしれません。

 さぁ最終学期の始まりです。今年もよろしくお願いします。

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