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校長室から
270 節度、寛容、そして…(23.9.19)
以前、子供の声がうるさいという住民からの苦情で公園が閉鎖されたニュースがありました。走り回れる場所がどんどんなくなっていく中で、元気に遊びたい子供たちと、静かに暮らしたい人たちがいます。共存するためにはどうしたらよいのでしょう。
「△時までは外に遊びに行かないようにしているのです」と、保育園の先生から話を聞いた記憶があります。近隣の公園まで手をつないで歩く園児を時々見かけますが、「外」というのは公園の場合もありますし、園庭という場合だってありそうです。夏場に、暑いので音楽室の窓を開けて吹奏楽部員が練習をしていたら苦情電話が寄せられるケースもあります。体育館から響くバスケットボールの音もしかり。終いには飼育小屋で早朝から鳴くニワトリの声にも「何とかしてくれ!」と無理な要求をされることだってあります。
生活のリズムは人ぞれぞれですから、昼夜関係なく配慮は必要です。でも、子供の遊ぶ声は騒音なのでしょうか。ややもすると、うるさいという意見ばかりが強調され、採りあげられるがゆえにその対応に追われるということもありそうです。明らかに迷惑をかける行為以外は許容されるべきという考えもありそうです。だって、誰もが子供だった頃があるのですから…。
こうしたことの根底には、「顔が見えない」「相手を知らない」という関係性があるのかもしれません。ある人はこんな風に言っています。“うるさいとは、音の大きさだけでなく、自分の心理状態や相手との関係を通してフラストレーションを感じるかどうかだ”と。つまり、好きな音楽は大音量で聴いても心地よいが、興味のない音楽は騒音だと感じる人は少なくないはずです。結局は、「節度」と「寛容」、そして普段からの挨拶などを通したコミュニケーション。相手を思い浮かべ想像するだけで、聞こえ方に変化が起こるかもしれません。
代表委員が朝の挨拶運動を始めて2週目になりました。こうしたあいさつを通して、「地域顔見知り計画」を進めていきたいと思うのです。大人と子供、大人同士など…。