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2022年10月の記事一覧

101 秋の実Part2(10/31)

 今頃の時期になるとオレンジ色から赤色に変化して、熟した果実をつるからぶら下げるカラスウリを山野で見かけます。木の実は有名ですが、日が暮れると開花して朝には閉じてしまうという一夜花が見たくて裏庭で育てましたが、蕾すらできません。当然実をつけることはなく、毎年肩を落とします。

 そこで、秘密の場所から蔓ごと採ってきて、庭木の枝にぶら下げるとオレンジ色が映えて格好の飾りになるのです。長いこと庭のアクセントになり、薄茶色になった頃には種が採れます。この種がまた特徴的です。その形状が大黒様のお腹のようで縁起がよいとか、打ち出の小槌のようだからという理由で財布に入れておく人がいるそうです。金運アップのアイテムとして…。ちなみに、赤く完熟したカラスウリの実はシロップやハチミツ漬けにして食べられるらしいです。

 また、秋の実で思い出すのがヨウシュヤマゴボウ。きっと一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。ブドウを小さくしたような濃い紫色の実をたくさん房につけます。花瓶に生けるだけでも絵になりますし、熟したこの実を潰して水に溶かせば赤ワイン色になって、色水遊びをしたり絵を描くためのインクにしたり…。低学年の生活科でも活躍する場面が見られます。

 先週、4年生は大町方面へ出かけて自然と触れ合いました。もしかすると、数珠玉やひっつき虫のオナモミ、カラスウリなど、秋の実をあちこちで見ることができました。ありのみコースにはどんぐりがいっぱい落ちていました。普段、「どんぐり」と一括りにしてしまいますが、いろいろな種類があります。一般的に細長いのがマテバシイかコナラ、小さかったらシラカシ、太っちょな奴はクヌギです。マテバシイならどんぐり笛が作れますし、クヌギはどっしりとしたどんぐり独楽に最適です。そういえば先日、1年生は独楽を作っていました。オナモミ・ダーツなんてものも楽しそう。

100 ねんどの神さま(10/28)

 昨日、5年生の「夢の教室」(児童の様子ブログ参照)で来校した元サッカー選手の波戸康広さんは、現役を退いて10年以上が経ちますが相変わらず格好いい!短い時間でしたが、温かで包容力を感じる人柄でした。

 さて、読書週間に向けて「先生方のおすすめの本」の紹介用紙をもらっています。何にしようか考えて、好きな絵本というかお話を紹介しようと思いました。残念ながら図書室には置いていないというので、別の本にかえますが、ちょっとだけ知っておいてほしいと思って、あらすじを記そうと思います。「ずっこけ三人組」シリーズで有名な那須正幹さんが書き、黒を基調とした絵も重々しい雰囲気を醸しています。

 

 “太平洋戦争が終わって、ちょうど一年がすぎた9月のことだった。”という文で始まります。主人公の健一は、戦争を起こす人間をこらしめるねんど細工の神さまを学校で作ります。健一の親はみんな戦争で亡くなって、戦争を憎んでいるからです。校長先生は、“この作品は、子どもの戦争に対する素直な憎しみが表現されている。”と言ってひどく気に入り、校長室に飾ったのです。何年かして学校は廃校。ねんどの神さまも倉庫に長い間忘れられたままでいました。

 それから40年以上が経ち、健一の作ったねんどの神さまが、身長100mを超えるような巨大な怪物になって突然山村に現れます。自衛隊や様々な兵器で攻撃されますが、びくともしないどころか、どんどん東京へ近づきます。そして、怪物はあるビルの一室に目的の人物を見つけます。それは、兵器会社の社長になっていた健一だったのです。

 殺されることを覚悟した健一に怪物は、“ぼくは、ケンちゃんのつくった神さまなんだよ。ぼくにケンちゃんを殺せるわけないじゃないか。ぼくはね、ケンちゃんに教えてもらいたくって、やってきたんだよ。ねえ、ケンちゃん。もう、ぼくは、いなくなったほうがいいのかなあ。ケンちゃんは、昔みたいに戦争がきらいじゃないみたいだからね。”と尋ねます。これに対して、“わたしは、子どものころとかわりないよ。(中略)わたしの事業は、平和のための事業なんだよ。”と健一は返します。

 最後は、自分の意志で小さなねんど細工に戻った神さまを健一が破壊します。そして、“これで、いい。この数十年、心のすみにひっかかっていたトゲのようなものが、きれいになくなってしまった。”と言い、晴れ晴れした気持ちになるというストーリーなのです。

 切なさの中に、何かもどかしさを含んだラストシーンです。ただ、日本だっていつ戦争が起こっても不思議ではないことを示唆する作品にも思えるのです。大人も考えさせられますし、読み聞かせもありだと思うのです。ぜひ!

099 秋の実Part1

 プラタナスは、葉が大きな落葉樹であるため、夏は木陰をつくり、冬は陽を遮りません。また、虫がつきにくいなどの特徴もあって街路樹に適すようで街中でよく見られるとともに、平田小の校庭にもあります。でも、大きな葉は枯れて落ちてもそのままなのでかさばるのです。風が吹くと、そのままの大きさで道路や近隣住居に侵入して迷惑をかけます。ですから、これからの季節の掃除は大変。前任の市川小のシンボルツリーがこのプラタナスでした。プラタナスの葉が落ち始める季節から銀杏の落葉が終わるまでの期間、美化委員会の児童が毎朝校庭の掃き掃除をしているのではないかと思います。

 

 このプラタナスは、スズカケ(鈴懸)と別名があるように、硬くてイガイガで真ん丸の実をつけます。長い柄が付いているので、軽く振り回して相手の頭のポコって殴るなんていたずらもしたなぁ。痛いのなんのって…。

 学校の敷地内を見て回ると、発見がたくさんあります。プールの脇には、キウイが小さいながらも数個なっています。4年生の昇降口そばにはザクロ。体育館奥には柿が熟してきたみたいです。そこで、一つ採って検食してみましたので報告します。

 まずキウイ。包丁で切るだけで硬いことはわかりますが、フォークがなかなか刺さらないほど。小粒であるからなのか、もいだばかりだからなのかは不明ですが、青臭くてダメ!もう1個あるので、机上で熟成させてみます。

 次にザクロ。少し前に用務員さんが収穫して事務室前に展示してくれました。小さな粒々を口に入れるとおいしいではありませんか。今年は雹害で落ちてしまったものもあり、現在は手の届かないところにあと1個。

 最後に柿。こちらは渋柿ではないと聞いていましたが、干し柿にするという職員もいるので真偽が定かではありません。一人貧乏くじを引くのは嫌なので、二人に声をかけ合図とともに同時に歯を立ててみると…。うん、食べられる!キウイ同様もう少し置いておくともっと甘くなるかもしれません。

 敷地の外にもムラサキシキブや数珠玉が自生しています。安全にも気を付けながらいろいろなものに気づく目も大事にしてほしいと思います。ところで、プラタナスって食用部分はないのかなぁ?

098 値上げ(10/26)

  庭の照明は、時刻をセットしておけば自動で点いて自動で消えてくれるのですが、少し前にいじったら点かなくなってしまいました。だから直すまでは帰宅時に手動で点灯させます。玄関を開けると、「点灯虫、おかえり」と奥から声が聞こえる毎日。

 さて、今年は食品等の値上げが何度も行われるような渦の中です。スーパーの棚に並ぶアルコール類を見て感じていましたが、先日は自分事として実感した2例がこちら。1つめは、紀文の3個入り肉まんのパックを見たとき。寒くなると恋しくなる食べ物の一つです。高校生の頃、冬の部活帰り。駅前で仲間と食べた肉まんやカレーまん、ピザまんの美味しかった記憶がどうも美化されているようです。これまでは、スーパーの広告の品として298円で売り出されていたこの肉まんが、先日セール品で358円でした。恥ずかしながらこの60円に…。そしてもう1つが、カンロ飴。数種類あって口が寂しくなった時の友達ですが、パッケージが少し変わって登場したので期待して口に放り込むと、一回り小さい!「わかるの?」と思うかもしれませんが、それを感じられるほど食べていますから…。

 また、サラミ味・ソース味・カレー味の3種類で43年前に誕生した「うまい棒」は当初からずっと10円で販売されてきました。子供たちの小遣いで選ぶ楽しさを感じてもらえるように1本10円という価格にこだわり続けてきましたが、残念ながら春から2円値上げされています。こんなふうに、「やむを得ず」が身の回りにはいっぱいです。11月は、牛乳やヨーグルトまで波が押し寄せてきます。

 電気代も同様です。家庭で節電をしているでしょうが、学校はどうでしょう。市内全校の電気料金は市の負担ですから、値上げに伴う支出増は他の予算削減という形で跳ね返ってこないとも限りません。明るい日の廊下や階段、誰もいない教室などこまめに消灯する習慣が、職員・子供を問わず必要だと思います。そんなわけで、「点灯虫」ではなく「消灯虫」として校内を回ってきます。

097 土曜日の午後は…(10/25)

 顔が寒い!頭が寒い!んっ?どこまでが顔でどこからが頭なのかって?

 さて、22日(土)に3年ぶりに開催された平田っ子まつり。すれ違う子供たちはみんなよい表情です。中には額に汗をにじませながら様々な体験コーナーを回っている子もいました。委員の方々には計画段階から頑張っていただきました。各ブースを運営してくださった保護者や地域の方々にも感謝の気持ちでいっぱいです。

 綿密な計画を練ったとしてもうまくいかない部分はあるものです。でも、準備の過程こそ財産であり、子供の笑顔が答えです。また、結果だけにこだわる必要はないと思います。課題が残れば、その解決や克服に向けてまた頑張るという点は、子供の学びや私たちの仕事も一緒。いずれにせよ、とても濃密な2時間をありがとうございました。

 ところで、週5日制が当たり前の現在ですが、30年前の1992年秋から毎月第2土曜日が休業日になったのです。その3年後の4月から第2と第4土曜日が休みという隔週での週5日制に切り替わり、完全週5日制となったのは20年前のこと。こうした経緯を教員として知らない職員の方が多くなっている昨今、私自身も土曜日に勤務していたことを忘れてしまいそうです。

 ただ、土曜日は半日授業の「半ドン」でしたから、午後は今以上に「特別感」が際立っていたように思うのです。子供も同じだったかもしれません。給食はありませんから、近所の食堂などに行って定食を食べながらビールも飲めました。部活動をしていましたので、練習試合で他校へ出向いたり来てもらったりも毎週のように行いました。保護者の方が私のために交代で手弁当を用意してくれるなんて、今では考えられないことです。懐かしさに浸ってしまいます。

 そういうわけで、平田っ子まつりが行われた午後が子供たちにとって「特別な時間」であったならうれしいです。

096 クズ(10/22)

  今日は平田っ子音楽会、そして平田っ子まつり。3年ぶりの開催でこれまで以上に大変だったと思いますが、PTAの皆さんも委員の方を中心に今日まで熱心に取り組んでくださいました。とても楽しみです。

 さて、今日は音楽会や祭りとは全然関係のない「葛(くず)」のお話。「クズ」という響きは、「ゴミ」「役に立たないもの」というイメージが先立ち、あまりよいものではありません。この葛が幅を利かせて生い茂っている空き地や草むら、公園などは身近に見られます。ひと月前頃まで赤紫色の花を咲かせている姿も目にしました。柏の葉っぱのような大きな葉と簡単には切れない丈夫な蔓が特徴で、木などに巻き付いている姿を一度は見たことがあるでしょう。花言葉は、「芯の強さ」「快活」。蔓も根も丈夫な、いかにも葛らしい花言葉です。

 

 この名前の由来は、むかし奈良県の国栖(くず)が産地だったことからくると言われます。「葛」と漢字で書くと、「かずら」とも読みます。この場合、蔓植物の総称になります。ややこしい! 

 葛(くず)は、漢方薬として重宝され、「葛根湯」と聞けば解熱剤等でよく知られています。また、くず餅の原料になります。大きく肥大した塊根に含まれるデンプンをくず粉として利用します。くず餅と聞くと、亀戸を本店とする船橋屋しか思い浮かびませんが、きな粉と黒蜜を皿に残さないようにきれいに食べたくなります。

 ぱっと見では無駄で邪魔な植物と映ってしまう葛ですが、見えない部分で人を笑顔にしているのです。これを食べてみようと最初に思った人も尊敬しますが、人にも見かけだけでは判断しきれない「良さ」があるものです。その「良さ」を自信にして胸を張れる人を増やしたいですし、先入観にとらわれず相手をよく知ろうとする姿勢が大事なのだと思います。

 今日一日、普段目にすることのない「良さ」をたくさん見つけたいと思っています。

095 願うだけではなく(10/21)

 ウクレレで『星に願いを』のソロ演奏に取り組んでいます。和音で抑える箇所が数々あるため、ゆっくりしたリズムで弾くのですが、一定の速度で演奏する必要があります。そこでメトロノームの登場!60(遅っ)にセットしていざ始めますが、途中から指が遅れます。「ちょっと待って~、ちょっと待って!」とつぶやく私の耳には、弦の響きに混ざって隣の部屋から押し殺すような笑い声が聞こえてくるのです。

 一昨日、午後一番の出張があり、会場の最寄りが京成線なので菅野駅から乗車しました。でも、菅野駅ホームに立つのはなんと人生初!失礼を承知で言うと、通過駅でしかなかった菅野駅。学校に戻る際にも降り立ったのですが、とても新鮮な気持ちになりました。

 また、その前日には県内の小学校長が集まる研究協議会が千葉市で行われました。3年ぶりの対面開催です。グループ協議を行う中で、地域や規模は違ってもみんな同じような課題に悩んでいることを感じました。実践発表も行われましたが、提案の端々に登場する「自己肯定感・自己有用感」に関する話に心の中でうなずきながら聞いていましたし、最後に「幸せな教職員が幸せな子供たちをつくる」と言っていましたが、まさにその通りだと常々考えています。幸せな子供たちの育成をめざして、教職員も保護者も幸せであるためには何ができるか、何をどのように改善していくかなど、知恵を寄せ合っていきたいと思うのです。星に願っているだけでは課題解決は図れませんから…。

094 言葉遊び(10/20)

 いつものように道の駅へ足を運ぶと、棚に陳列される野菜なども秋に変わりました。生落花生のおおまさりや葉付きの大根、カブ、すだち、サツマイモなどなど。すだちは別として、根菜と葉物の季節の到来です。マスクをとって深呼吸すると、何やらかぐわしい匂いが…。ん?lこれは金木犀。今シーズン2度目の開花です。平田小でも咲いています。そして今朝は、久しぶりに青空が広がる晴天。

 さて、先週の読売新聞に言葉遊びが載っていました。ある四字熟語が「愛しき体、愛しき命」と読めるそうです。その熟語が「絶体絶命」。漢字を分解すると、確かに「糸(いと)色(しき)体(からだ)、糸(いと)色(しき)命(いのち)」になり、熟語の意味とも結びついて感心してしまいました。

 こうした言葉遊びは、言語活動を豊かにするとも言われます。一般的にはしりとりや早口言葉がありますが、「折り句づくり」も面白いですね。例えば、行の最初の言葉に「あ・い・う・え・お」を折り込んで意味のある文章を作ります。最初の文字は変えずに、文字数を1つずつ増やしていく「言葉の階段」も頭を使います。“あり”“あしか”“あめりか”…といった感じ。「回文づくり」も頭脳フル回転まちがいなし!学級レク、家族が集まった時、渋滞した車の中など機会はいろいろ。テーマやルールを絞っていくとレベルアップが図れます。下降線をたどる私の脳にもよい刺激を与えてくれそうな期待が…。

 何十年ぶりと伝えられる円高。ドル建の保険が恨めしく、好ましくない刺激になって血圧も上昇~。

093 昔の市川駅周辺(10/19)

 よく耳にする話に、「『聞く』には耳しかないが、『聴く』には耳も目も心も入っている。目を見て、耳を傾け、心で受ける傾聴を心がけましょう」と。

 『忙しい』という字は、心を亡くすと書きますし、『辛い』にあと一本足せば「幸せ」になります。逆に、『幸せ』な状態から一つでも手を抜けば『辛く』なります。

 安心すれば呼吸は深くなり、不安だと浅くなります。だから、「自分の心は『息(呼吸)』に表れる」という見方があります。大人向けには、「『愛』は真心(真ん中に心がある)、『恋』は下心」と言ってうんうんとうなずく場面もあるでしょう。漢字ってよく考えてみると面白いものです。小学校で習う漢字を使って、子供と一緒に言葉遊びをしてみるのもよいかもしれません。  先週、本校の用務員さんからまた短歌をもらいました。

   ありし日の 島村の味 懐かしむ 桃のようかん 真間の継橋

 市川駅北口にあった菓子店「しまむら」を詠んだものです。今は銀行になっていますが、贈答用に菓子を買った人も多いのではないでしょうか。そのすぐ近くにすき焼きなどを食べさせてくれる「鍋せん」があって、若かりし頃先輩に連れて行ってもらいました。ジャンボ餃子で有名な「ひさご亭」もありました。

 南口にはツインタワーなんてあるわけもなく、右側にはショッピングセンターのアーケード、正面にはパチンコ屋の2階に「磯ぜん」という名の居酒屋。大きな行事のあとはよく飲みに行きました。当時は車通勤をしていましたので、そんなときしか立ち寄りませんでしたが、そんな市川駅は結婚する前のクリスマスに妻と待ち合わせた場所でもあります。時間を間違えて何時間も待たせて不安な思いにさせた苦い思い出があります。あの時帰られていたらきっと…。

 何十年も前には、永遠だと思っていた「青春」。文字をよく見ると、ちゃんと「月日」があるのですね。

092 恥ずかしい(10/18)

 毎月下旬頃にチェックのために学年だよりの原稿が回ってきます。9月下旬も、すでに教務主任や教頭の目を通っていますから気になる部分は多くはありません。そんな中で、月行事予定欄に朱で訂正が加えられていました。「スポーツの日」を「体育の日」と記載する学年がとても多かったようです。「名称が変わったのはいつからだっけ?」と、日記帳を1年前、2年前とめくってみました。昨年は東京オリンピックイヤーでしたから7月23日がスポーツの日。その前は、本来開催予定だった令和2(2020)年。どうもこの年に改称されたようです。

 そして10月に入ったある日、自分で書いている校長室の行事黒板を見て恥ずかしくなりました。だって、10月10日の欄に「体育の日」と赤く書いてあるではありませんか。9月下旬に10月行事を書いていましたから、多くの職員・来客に見られていたことになります。まぁ、誰も気づかなかっただろうとさらっと流して、「スポーツの日」と書き換えたのでした。

 話は変わりますが、普段使う私の便利商品はバッグハンガーです。鞄を床に置いておきたくない場所では、テーブルに引っ掛けて吊るしておけますし、普段は鞄の持ち手に掛けておくだけ。校長室でもプリンター台に掛けてあります。身なりや持ち物で人の印象が左右されることも少なくありません。そういう意味でも、目立たないけどいざという時に便利なグッズ、快適に使用できるアイテムって結構たくさんありそうです。私も、使いそうな物をポーチに入れて持ち歩きますが、整理されていないのでカバンがかさばります。ミンティア、爪切り、頭痛薬、リップクリーム、日焼け止めクリーム、鼻炎用噴霧薬、目薬…とあるわあるわ。半年以上使ってないものもあって、見られたら恥ずかしい!使用期限の過ぎた薬は処分します。

091 変わること、変わらないこと(10/17)

 先日、地域の方からうれしい電話を頂戴しました。“新田2丁目の狭い路地ですれ違おうとしたときに、さしていた傘をすぼめてくれた子が二人いました。とても立派な行為です”と。5月の学校だよりで「江戸しぐさ」について記しましたが、「傘かしげ」と同じ。「よりよく生きるマナー」を子供たちがちゃんと実践できることを考えると、年齢には関係ないことを改めて思います。

 さて、9月下旬、4年生対象に落語教室が行われましたが、その中で座布団にも前後ろがあるという話を初めて耳にしました。縫い目のない方が前で、お客さんとの縁が切れないようにという思いが引き継がれているのだそうです。

 そうこうするうち、10月に入って三遊亭圓楽師匠が亡くなりました。50年以上の歴史がある『笑点』を長く支えてきた一人です。現在の最古参は、林家木久扇(元 木久蔵)師匠です。座布団運びの山田隆夫さんも長いのですが6代目。その山田隆夫さんがバンド「すうとるび」のメンバーだったことを知る人は数えるほどになってしまったのかもしれません。

 9日の朝日新聞日曜版に食品用ラップに関する記事がありました。日本でラップが初めて登場したのが1960年で、「クレラップ」と「サランラップ」といいますから60年以上の長寿商品です。最初はさっぱり売れなかったのが、冷蔵庫の登場とともに売り上げを伸ばしたといいます。ただ、このラップのルーツが軍需品だったとは…。第2次世界大戦下のジャングルにおいて、靴の中敷きにして水虫防止にしたり、弾丸や火器を湿気から守ったりするために重宝されたと知りました。

 そういう目で台所、いやキッチンの抽斗を開けてラップを取り出します。「NEW」クレラップとして売り出したのが30年以上前なのに、パッケージには相変わらず「NEW」の文字?実は、常に目にはつかない改良・調整を地道に加えて今に至るようですので、「NEW」もまんざら嘘ではありません。最近では災害時にも役立つ必須アイテムにも数えられているラップが、急に偉く見えてきました。

090 鉄道開業150年(10/1)

 NHKが、隙間時間で鉄道の歩みを映像で見せてくれるときがあります。遠い昔だけど懐かしさがこみ上げてきます。渋谷駅から三軒茶屋方面へ走っていた緑色の路面電車を芋虫電車と呼んでいたのは今は昔。

 今日は鉄道開業150年目という節目の日です。明治5(1872)年の今日、新橋や横浜(現桜木町)の停車場で開業式が行われ、翌日から旅客列車の運転が始まりました。当然、蒸気機関車です。煙を噴き上げながら走る様子は、まさに文明開化の象徴だったはずです。それから150年が経つのです。各地、あるいは鉄道会社、テレビなどで様々な催しがあります。

 私が育った八千代市の足は京成電車・バスオンリー。ストライキや悪天候などで運休すると、陸の孤島と化すのです。そんな京成電車の車両の色も今のステンレスカラーとは違った2色編成。ベージュと赤を中心にした車両とくすんだ深緑というかグレーというか不思議な色の車両の2つ。後者は行商列車としても使われていました。

 祖母と一緒に出かけると、祖母は草履を脱いで窓のほうを向いてシートに正座をするのです。そして、外をじっと眺めて時々話しかけてくれたのを不思議な気持ちで見ていました。車窓からの景色を単に楽しんでいたのかどうかは不明ですが、家が少ない時代ですから遥か遠くまでが見晴らすことができたのです。

 

 切符も改札で駅員さんが鋏で切ってくれます。この駅員さんグッズのようなおもちゃを買ってもらって弟と駅員ごっこをしたことも思い出されます。また、中学生のころに「幸福ゆき」の切符が大ブームになったことがありました。今も抽斗の中で静かに眠っています。

 石橋正次さん歌う♪夜明けの停車場に~降る雨は冷たい~♪というフレーズを思い出しました。こんな歌や『いい日旅立ち』(山口百恵)を口ずさみながらの寝台特急の旅なんてものもいいなぁ~。

089 時代とともに(10/13)

 サッカーなどのスポーツで、競技者の交代や負傷者の怪我の程度の判断あるいは搬出などによって空費された時間を指す通称があります。私がサッカーに関わっていた頃は、「ロスタイム」という言い方をしていました。これは、和製英語です。その後、「インジュアリータイム」(負傷分の時間)と呼び方が変わり、今では「アディッショナルタイム」(追加時間)と言われます。こうした時間帯に得点が入るなどという劇的な場面をプロサッカーではよく目にします。

 ものの呼び名は時代とともに変わっていきます。サッカーの「自殺点」は、「オウンゴール」が普通です。身に着けるものでは、「とっくりのセーター」とか「ズボン下」なんて言ってしまう私は生きる化石。「タートルネック」「レギンス」なんて言葉がすぐに出てきません。

 他にもいろいろあります。『ねずみくんのチョッキ』という絵本がありますが、「チョッキ」なんて使いません。今は「ベスト」でもなく、「ジレ」というようです。「ランニング」は「タンクトップ」ですし、「Gパン」は「ジーンズ」、さらには「デニム」です。「コール天」はわかるでしょうか。「コーデュロイ」のこと。これからの季節お世話になる「ニットキャップ」は昔、「正ちゃん帽」でした。上着を掛けておく「ハンガー」は「えもんかけ」、「J-POP」は「歌謡曲」と言ってほしい。

 自分の体も古くなりますから、聴こえない場面が多くなり、とてもストレスと劣等感を感じるようになりました。そこで、少し前から補聴器を装着し始めました。以前も試したことが何回かありますが、AI機能も搭載されて進化著しいといった感じです。正常の聴力に戻ることは叶いませんが、自分のほしい音が今以上に聴こえるようになるまで、まだまだ調整と慣れるための時間が必要みたいです。人生のこれからの時間は決してロスタイムとは思いませんし、アディッショナルタイムにもまだ早いので、ゆっくり補聴器ともつき合っていきたいと思います。

088 どっち?(10/12)

 次のような話を目にしました。

 子供にバスケットボールを教えていて、フリースローの成功率を上げたいと考えたコーチがいるとします。Aコーチは、正しいシュートの仕方を丁寧に教えます。Bコーチは、フォーム等にはこだわらず10本中10本が決められるように何度も繰り返させます。正しいシュートの方法を身につけることが大事か、形より決められるという結果を重要視するか。筆者は後者のBと主張しています。

 シュートフォームの良さはフリースローの成功につながることはありますから、私はAさん寄りの指導をしてきました。でも記事には、「コーチにとっての正しい方法が、子供にとって正しい方法であるとは限らない」「バスケのシュートは、正しい方法が一つではない」とあります。

 これは学習にも通じそうです。例えば算数で、4×7のかけ算の問題をどのように解くのかが大事か、それとも正しい解答にたどり着くことが大事か、という問いになります。正しく28を導くには、様々な正しい方法があります。九九で導いたり図に表したり、あるいはたし算に直したり…。つまり、正しく解くことができたならば、いろいろな方法のどれか一つあるいは複数を適用している証拠となります。より効率的と考える求め方に到達するかどうかはあまり問題ではないといえます。

 この記事では、「親や教師が、子供がどう考えているかを重視しすぎて、子供が正しい解決策にたどり着いているかを十分に見ていないときに間違いが起こる」と指摘しています。さらに、「結果にもっと焦点を当てて、学習プロセスにはあまり焦点を当てないようにしたい」とも。「結果がすべて」と言って「プロセスを無視」しているように聞こえますが、実はそうではないようです。プロセスを限定することに異を唱えているのではないでしょうか。 

 学習の中では、様々な方法があり、それを友達と交流することを行います。ただ、あるやり方がまるで一番であるかのようにまとめたり、特定の解法でないと丸がもらえなかったりすることを諫めているように思うのです。皆さんはどうお考えでしょう?

087 見ているようで…(10/11)

 お笑いコンビ「ずん」の飯尾和樹さんが言っていた言葉。“いつも機嫌がよく見える人たちも、イライラしていないわけじゃないんです。ただ、「イライラから離れるスピードが以上に速いんです」”。

 飯尾さんの相方も声を荒げる場面を見たことがないくらい温和なのだそうです。イライラしないのか、嫌な奴はいないのか尋ねると、「いざとなったら縁を切る覚悟で付き合っている」と言うのです。嫌なことを言われたら、「こういう人もいるんだぁ」とマイ人間観察図鑑に綴じこんでいけばよいとも。また、「キャイ~ン」の二人に共通しているのは、気がいいことのほかに嫌だと思った時にははっきり「イヤです」というところだとも言っています。人間関係の中で、「イヤ」と自分の意思を伝えることはとても大事だと思うのです。子供たちも同じ!

 さて、先日の新聞に阿川佐和子さんのコメントが掲載されていました。その内容が、適当に相槌を打って無意識のうちに聞き流していることのある自分と重なりました。家族も、まさにあなたのこと!と太鼓判を押していました。

 同じように、見ているようで実は見えていない場面が生活の中にあります。最たるものが、子供の道路への飛び出し。例えば、降りた車の後ろを通って道路の反対側に行こうとする場面だったらどうでしょう。親がそばにいるので安心して飛び出す子はいないでしょうか。横断歩道を渡る場面、反対側で仲の良い子や親が手を振っているとします。うれしくて走り出す子だっています。横断歩道を渡ろうと待っていても止まってくれる車はとても少ないのが現状。ましてや自転車の場合、「邪魔だ」とばかりに走り抜けていく人にも出くわします。だから状況をよく見てほしいと、朝の安全指導をしながら思います。

 もし相手が止まってくれたなら、渡る途中や渡り終わったあとにペコリとお辞儀を添えたら、急いでいたイライラも消えて、温かい気持ちになってくれるかもしれません。

086 おもいやり算(10/7)

 一昨日、寝着を長袖に交換し、昨晩は毛布が登場!今日も寒い一日になりそうです。そして、令和4年度の前期終了を迎えます。今週、子供たちがこの半年間で頑張ったことをプリントに記している場面にお邪魔したときがあります。ふと自分が問われたら何を書くだろうと考えてしまいました。異動してきての半年の成果を客観的にとらえる難しさを感じます。

 そんなことを思いながらある学級の背面掲示を見ていると面白いものを発見!班のメンバーやめあて、仕事内容を書いたイラスト入りの紙ですが、大きくグループの名前が記されています。「チャー班」や「メロン班(パン)」があります。こういうセンス、大好きです。残念ながら通知表には記載されませんが…。

 今日の全校オンライン集会では、「おもいやり算」の話をします。「+」はたすけあう、「-」はひきうける、「×」は声をかける、「÷」はわけあうというもので、「人を笑顔にする算数」とも言われます。東日本大震災のあとに何度もテレビで流されたので、記憶している人も多いかもしれません。4年生で学ぶ「計算のきまり」のようにかけ算・わり算が優先だとか、カッコの中を先に処理するとかいうきまりはおもいやり算にはなく、どれから先にやってもいいのです。  困っている友達がいれば助け合い、損だなぁという場面でも笑顔で引き受け、互いによく声をかけあい、うれしいことも悲しいことも分かち合うなど、相手の気持ちも尊重して行動できれば、周りの人たちを幸せな気持ちにできるのではないでしょうか。これは大人も同じ!

 三連休明けに、新たな気持ちでまた子供たちと向き合っていきたいと思います。

085 なかま(10/6)

 食欲の秋、給食の検食が待ちきれなくなりました。小学生からずっと給食で育ってきたような感じです。小・中学校9年間に加えて行政を除く学校勤務が30数年ですから、あわせて40年はお世話になった計算になります。人生の3分の2以上の昼食は学校給食です。ありがたや~。家庭ではあまり作らないメニューも少なくありません。10月の献立表を見ても、「けんちん汁・さつま汁」「ひじきのマリネ」「家常豆腐」「大学芋」などですが、黙食でなくなる日を待ちわびます。

 そんな中ここ数十年、目にしていないのがスティック状の納豆。納豆嫌いな子なのか余ったものを持ち帰るためにキープしていたのか不明ですが、机にしまっておいたのを忘れていた子がいました。ある日、膨張した袋が破れて机の中がネバネバ。周辺が納豆臭なんてことがあったのです。

 さて、3年生が国語で『わすれられないおくりもの』(スーザン・バーレイ)を学習しています。私も校長室にある絵本を久しぶりに手に取って読み返してみました。ご存じかもしれませんが、周りの誰からも慕われていたアナグマが年をとって死んでしまうという内容。かけがえのない友を失った仲間たちがどうやってこの悲しみを乗り越えていくのかを静かに伝えていきます。アナグマの死を通して、友達のすばらしさや生きるための知恵や工夫を伝え引き継いでいくことの大切さ、そして自分らしい生き方とは何かを語りかけてくるのです。自分の子供たちに読み聞かせをした絵本の中でも大好きな作品。主人公のアナグマは、年長者ではありますが決して先生ではなく、あくまでもみんなにとって仲間なのです。学級においても、担任は指導者であると同時にひとつのものを一緒に創りあげていく一人の仲間でありたいと私は思います。

 同じシリーズに『アナグマのもちよりパーティ』もあります。読んでみてください。そうそう、先生たちのお薦めの本を紹介する紙をもらいました。う~ん、どの本にしようかなぁ。

084 安全・安心のために(10/5)

 とっぷりと日が暮れた後、どこかの家からお風呂の石鹸の香りが漂ってきます。温かい風呂に浸るのも気持ちよいですし、風呂上がりも汗ばむこともなくさらっとしています。

 私は石鹸のにおいが好きで、夏場のボディーシートやスプレーは石鹸の香りの商品を選びます。風呂場で使う石鹸は、当然「牛乳石鹸」。それを知る娘から牛乳石鹸クリームをプレゼントしてもらいました。

 

 さて、9月23日に自宅を出た後、行方が分からなくなってすでに2週間近くが過ぎる近隣市の小1女児。昼前の時間帯に、母親より数分早く家を出て公園に向かったといいます。無事でいることを祈りますが、昨日河川敷で子供の遺体が発見されたという報道もありますし…。子供が安心して屋外で遊べるように、大人の目は不可欠です。無関心であってはならないと思います。

 長く学校に携わっていると、何百人という児童一人一人にあてはめて考えてしまいます。校内で楽しく安全に過ごすのは当たり前。放課後であれ休みの日であれ、事件や事故が起こらないように取り組み、そして願う毎日です。だからこそ、くるぶしくらいの深さの水溜まりで溺れて亡くなる事故、歩道を普通に歩いていて自動車が突っ込んで来て被害に遭うケースなど、具体的な場面を通した指導が必要です。また、自転車の右側走行や一時停止をしなかったことにより他者を傷つけてしまう事故も考えられます。加害者にもなりうる可能性があることを教えることも大人の役目

 子供たち自身だって、不審者、交通加害・被害事故、水場や危険箇所など、身の回りの様々な危険を知り、様々な状況に対応できる判断力を高めていくことは急務です。登校時に一緒に学校に来てくださる保護者の方がたくさんいます。そうしたときや一緒に駅などへ向かう道すがら、「かけこみ110番」の家や店の確認あるいは利用上の留意点などをお子さんと話したり、大地震の際の危険箇所を考えたりすることだってできます。学区探検では安全という視点も加えながら見て回るのもよいでしょうし、施設や仕事を安全というフィルターでとらえてみるのも新たな発見につながるかもしれません。家庭においても、指導したり気づかせたりすることを「機会があれば」「休みの日に」と後回しにするのではなく、今だと思います。古くなってしまったけど、「今でしょ」。

 暗くなるのがどんどん早くなっています。無灯火で自転車に乗っている子供や大人はいませんね?

083 伸びしろ(10/4)

 子供たちと話をすると、意外なことに気づくことがあります。例えば、「校長先生が担任をしていた時ってあるんだぁ」と不思議がられること。どうも昔から校長だったと思っている様子。

 さて、少し前にSNS上に次の問題を見つけました。「たけしさんは、1周4.2kmのジョギングコースを3週間走りました。全部で何km走りましたか?」という小数のかけ算。4.2km×(7日×3週)と考えられる人は素直な人かも?でも、情報不足ゆえ「3週間耐久マラソンかよ!」という突っ込みをしたくなるのは私の悪い癖です。

 同じように、SNSに子供の採点済みのテストが掲載されていました。小学校3年生の子はASDやLD傾向があるらしく、普通10分程度で終わるドリルに1時間以上の時間を費やすといいます。ある日、持ち帰ってきた漢字50問テストの13問が正解だった答案を見たお母さんは、我が子の努力を嬉しく思いました。それ以上に、担任の心遣いに感動したといいます。なぜなら、間違ったところや書けなかったところに敢えてバツをつけず、できなかった部分を復習させ、正しくかけたら丸を追加するような採点方法だったのです。できないことに注目するのではなく、できたところをしっかり認める対応を、私たちも心がけたいと思い、職員にも紹介しました。

 今週末、一人一人に成果と課題を伝えながら、通知表を手渡します。所見欄は夏休みの面談に代えさせていただくので記載なし。教科に関しては「よくできる」「ふつう」「努力が必要」の3段階評価です。ただこの評価もとらえ方でポジティブになれます。「よくできる」は『自信』、「ふつう」は『安心』、「努力が必要」は『伸びしろ』と言い換えれば、そのあとのアドバイスも素直に耳を傾けるかもしれません。

 そこで、通知表「あ・ゆ・み」を使って子供たちへのメッセージを作ってみました。

 「あ」 あきらめない強い心で 新しいことに挑戦!

 「ゆ」 ゆっくりでよいから ゆめを大きく膨らませながら

 「み」 みぢかなことから始め みごとな花を咲かせよう!平田っ子

082 落語(10/3)

 週末ランニングにはもってこいの気候になってきました。そして、鍋物や煮込み料理がおいしい季節です。煮込まれると、翌日さらにおいしく感じる食べ物。思いつくのは、豚汁やカレー、おでん、もつ煮でしょうか。行列の出来る料理店主が、「○日煮込んでから○晩寝かせました」なんて言うと本当においしそうに聞こえてしまいます。どうも冷めるときに周りの水分を吸収し、出汁や旨みといったものが素材に入り込むらしいのです。

 さて、4年生が国語で落語『ぞろぞろ』を通して、落語の面白さを感じ、相手への伝え方などについて学びます。そして先週、林家のん平師匠をお招きして、扇子や手ぬぐいの使い方をはじめ、落語に関する話や「初天神」を披露していただきました。平田小学校出身の師匠は、小学校5年生の時にテレビで見た「時そば」があまりにも面白くて落語家を目指そうと決めたそうです。校長室でお話を伺っているとき師匠のスマホにメールが届きました。なんと、お孫さん誕生の写真付きお知らせが舞い込むというめでたいおまけつき!

 落語の面白さは、同じ演目でも噺家さんによって雰囲気がガラッと変わること。過去に名人と呼ばれた噺家は、人の心をつかんで離さないのだと思います。「まんじゅう怖い」「あたま山」「寿限無」「目黒のサンマ」など、子供でも楽しめる演目はたくさんありますし、新作落語だって…。漫画や絵本になっているものもありますから、本を読んだり実際に寄せに足を運んだりしてみるのもよいですね。平田小から二人目の落語家誕生という時が来る日も近い?