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2026年1月の記事一覧

155_君は美しい(26.1.14)

 学校の上履きは、スリップインタイプ。靴に足を入れれば、スポッと中に納まります。痛い腰をかがめる必要がありません。強いて言うなら、痛いのは脱いだ靴を拾い上げる時だけでしょうか。ショッピングセンターなどの靴売り場には、スリップイン・シューズが増えたように思います。

 子供のころは、靴のかかとを踏んで履くと叱られました。今でも学校では、安全を考えてかかとを踏まないように指導しますが、靴箱にはかかとの潰れた靴を見かけます。スポンと履けたらかかとを踏んで歩く子はいなくなるのかなぁ。

 話は変わりますが、104回目の全国高校サッカー選手権は、鹿児島の神村学園の優勝で幕を閉じました。同校は夏のインターハイ優勝校でもあり、夏冬2冠の達成です。高校野球が春夏の風物詩であるように、高校サッカーは冬の風物詩といえそうです。今年は6万人を超える観衆がMUFG国立スタジアムに詰めかけるという一大イベントになりました。ザ・バーズが歌った『ふり向くな君は美しい』を聞くと、ひたむきにボールを追う高校生の姿と敗者の涙、競技場の情景が自然と思い浮かびます。このテーマ曲は第55回大会から起用されているといいますので、半世紀にわたって親しまれていることになります。

 私自身も中・高とサッカー部に所属し、テーマ曲誕生とともに高校に進学したので1月の高校サッカーへの関心は一方ならぬものがあります。歴史が作り上げてきた高校サッカーというブランド。そのプレーを「美しい」と感じ、力いっぱい応援する人たちがいるからこそ、こんなにも浸透しているのだと改めて感じた成人の日でした。

 高価だったスパイクを大事に磨いたあの頃。今の子供たちにも、靴の履き方だけでなく、靴箱への入れ方、玄関での靴のそろえ方など、所作も「美しい」と言われるようであってほしいと願います。

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154_こんなはずじゃ?!(26.1.13)

 おとといの1月11日はチーバくんの誕生日でした。19歳なのだそうです。ということは、来年成人式ではありませんか。今朝のニュースで「東京23区の新成人の8人に1人は外国人」「新宿区は2人に1人」と報じていましたが、尊重し合いながら共生できる社会・学校でありたいと思います。

 さて、縄跳びを頑張る子の様子は、見なくても音で伝わってきます。校庭にある縄跳びボードの上で跳ねる音が休み時間になると響いてくるからです。交代しながらあや跳びや二重跳びなどに挑戦する姿を見て、自分も一緒にやろうと思ったのが昨年12月。息子から縄跳びを返してもらって、学校に持って来るまではよかったのですが、外に出ることがないまま短縮日課となり、冬休みに突入。以降、家の玄関に常駐です。

 じゃあ家で取り組んだのか?はい!2度だけ。1回目は2~3分。だって、いい歳した大人が一人で家の前で跳んでいる姿を客観的に思い浮かべると恥ずかしくてたまりません。冬休みにあちこちで子供が練習している姿を見ることがあっても大人は皆無。気弱な私は、妻に声をかけて2回目に挑戦です。でも、「あれっ?」と何度言ったことでしょう。前跳びすら5回もすると引っかかってしまいます。二重跳びに至っては、跳ぶ以前の問題!目の前の相手の方が「惜しい」って感じに見えるのが悔しくて、繰り返すうちにちょっとずつ回数は増えていったのです。

 頭の中には、「小学生の時は何でもできた」という間違って刷り込まれた記憶が充ちていますから、「おかしいなぁ」「こんなはずじゃ…」なんて苦し紛れの言葉でごまかします。子供にアドバイスしたり一緒に跳んだりするなんて滑稽極まりないわけで、駐車場から車を出して目隠しにして、気が向いたら跳ぶにとどめます。

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153_昔遊び(26.1.9)

 自分にも当てはまる行為を棚に上げて、他人の問題点を偉そうにあげつらううちに、巡り巡って私自身の負の行動の話にいつの間にかなっているなんてことがあります。墓穴を掘ったようで後悔することがたまにあるわけですが、何らかの行動に対するリターンが手元に返ってくることを「ブーメラン」と表現することがあります。そうかといって、ブーメラン自体を知らない世代にとっては、何のことやらという感じかも。

 70年代前半、駄菓子屋でプラスチック製のブーメランが好評を博し、原っぱで友達と投げて遊びました。ただ、U字を描きますが、手元にきちんと返ってきたことは一度たりとてありません。同じように、駄菓子屋で手に入れた銀玉鉄砲にも夢中になった時代。至近距離から撃っても新聞紙すら射抜けませんでしたから、BB弾とは違って友達同士で撃ち合っても比較的安全だったといえます。撃った玉を全部拾い集めはしませんから、遊んだ後にはそこらじゅうに球が落ちていました。あの小箱に入った玉はいくらだったのでしょう。金色の玉が登場したこともあって、笑いのネタになったものです。

 でも、さすがに正月からブーメランや銀玉鉄砲での決闘ごっこはやらず、凧やこまが中心。広場も多かったですが、やはり学校の校庭が一番安全でした。最近は凧揚げする光景をほとんど見ることがなく、淋しい気持ちもあります。

 2年生は12月にけん玉やコマ、おはじき、お手玉などに取り組んでいましたが、1年生の昔遊び体験はきっとこれから!凧揚げならぬ、「凧引っ張り」「凧引きずり」も見られるかもしれません。

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152_語り聞かせ(26.1.8)

 12月も半ばになろうかという頃、4年生の教室で「次のお昼の話は、いつですか?」という声をもらいました。嬉しくなって、「じゃぁ明日ね」と即答です。また、2学期の終わりには、6年生に「またお昼の放送で話をしてくれますか?」と尋ねられました。歌詞ではありませんが、「♪はいよろこんで、あなた方のために」と言いたくなります。

 放送室から声だけを届けていますので、その反応が見えません。どんなふうに聞いているのか。自己満足しているだけで、子供たちは求めていないのではないか。様々な疑問符が沸き上がります。だからこそ、先のような声が励みになります。これは学校だよりやこのエッセイにも言えることです。学級通信や連絡帳なども同じ。たった一言添えたり伝えたりされることで勇気百倍。家庭内でも、感謝や承認、励ましなどのショートメッセージが、家族を勇気づける言葉になること間違いなさそうです。

 さて、NHK連続テレビ小説『ばけばけ』の毎土曜日の総集編だけ見ています。髙石あかりさん演じる、小泉八雲の妻がモデルとなっています。小泉八雲といえば怪談!妻せつから聞いた日本各地の伝説や幽霊話に独自の解釈を加えて文学作品として蘇らせたことで有名です。代表作に「雪女」や「耳なし芳一」がありますが、ふと思ったのです。昼の放送ではこれまで、落語やとんち話、昔話をローテしてきましたが、ここに怖い話を混ぜてみようかと…。

 差しあたって給食開始の今日は、少し長いですが「耳なし芳一」をそれっぽく聞かせたいと思います。

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151_カバン(26.1.7)

 新年初出勤の鞄はコレと前夜に決めて準備を整えるも、怠惰な年末年始を過ごした身には、2時間近く早起きしなくてはならないのは辛いわけで、起きられるかどうかとっても不安でした。

 そんな仕事用の鞄は、色の経年変化を楽しめる本革が好きで、数種類をローテーション。リュック型が主流となった時代の流れにだいぶ遅れてビジネスリュックも買いましたが、登場の機会にはなかなか恵まれず…。

 休日外出するときも小ぶりのバッグをとっかえひっかえ。持ち歩くのは財布とスマホと家の鍵くらいなもの。最近はスマホさえあれば事足りるという人も多くいます。電子マネー・通信機器・カメラ機能・時計・メモ機能等が揃った万能選手ですから、手ぶらが一般的になりつつありそうです。水筒を持たなくても、あちこちに自販機やコンビニがありますから心配いりません。それでも、エコバッグやマスク、眼鏡などは持ち歩きたい人は、邪魔にならない物を選ぶわけです。

 ただ、小さな子供がいるとそうはいきません。哺乳瓶や粉ミルク、着替えほか衛生用品など袋に入りきらないほど。車がなければ一式背負って歩くわけですから大変です。さらに連れて歩く人数が増えれば…。

 忘年会シーズンだったか、鞄を店に一時置き忘れたことがありましたが、ある時気づいたらスーツの上着がないというときは焦りました。何軒か梯子をした後でしたので、私も酔っていました。それでも誰かが間違えて着ていないか聞いて回ったり、定かでない記憶を辿って探し回ったりしました。結局見つからず、小さくなって帰宅したことを思い出しました。きっと誰かが役立てているはずだと思いながらも、その事実を報告したときのあの気まずさは今でも嫌~な思い出。もうそんな飲み方はできませんが…。

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150_年末年始は…(25.1.6)

 年末の紅白歌合戦を観ながら、「よくこんなダンスができるよね」「足をこんなに複雑に動かせないよ」と言葉を交わしながら互いにうなずき、「脚は上がらない代わりに、息はあがるけどね」と笑い合います。また、字幕で歌詞が出るのを見て、「こういう歌だったんだぁ」と一人納得している私でした。

 番組後半、矢沢永吉・郷ひろみ・久保田利伸・高橋真梨子・布施明・ユーミンなどが登場して懐かしさとともに、みんな歳をとったことを実感します。画面が変わるたびに年齢を調べましたから、その検索履歴がズラッと並びました。自分とほぼ同じだったり後期高齢者だったり、完全に歌そっちのけ!そういえば、大トリのミセスが終わってから歌う松田聖子を見ながら、現在はピンのアイドルより、歌って踊れるユニットがもてはやされていることに一抹の寂しさを感じた大晦日でした。

 さて、いよいよ年が明けて、年賀状が届けられます。小さい頃は、束になった年賀状が家のポストに投函される音とともに玄関を飛び出していきました。そして、父親宛の年賀状の多さを羨ましく思ったのです。そんな自分が、高校生になってやったアルバイトが年末年始の郵便配達。自転車を漕ぎ、雪の日でも細かい住宅地図を見ながら配って回ったのです。局に戻れば、集まった年賀状を仕分けする内勤を3年間続けました。

 最近、アルバイトの学生が自転車に乗って年賀状を配達する光景が見られなくなったのは、我が家の周辺だけのことではないはず。バイトの選択肢が多い以上に、年賀状のやり取りが減って猫の手も借りたいほど忙しくはなくなったのかもしれません。

 さぁ最終学期の始まりです。今年もよろしくお願いします。

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