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072 迷信(9/15)
夏に父の新盆の法要を行いました。毎回、住職の法話を楽しみにするのですが、今回もうなずきながら聞き入りました。その中から「迷信」について。
蛇はナメクジを恐れ、ナメクジは蛙を恐れ、蛙は蛇を恐れるとする故事から転じて、三者が互いに牽制しあって身動きがとれない状態を「三すくみ」、あるいは「三つ巴」と言います。この場面を田んぼの畦道で目にしてしまったある男が、「この場面を見るときっと悪いことが起きる。長生きできない」という迷信を思い出し、心配になって一休和尚に相談したそうです。食事が始まるときでしたが、一休さんはその男を招き入れ、膳まで用意させました。そして、「私がよいと言うまで食事に箸をつけるでないぞ!」と言いました。みんながおいしそうに食べるのを男はじっと見ています。いつ「どうぞ」と言ってくれるか心待ちにしていましたが、一向に声がかかりません。しばらくすると、皆は食べ終わって片付けが始まります。そして一休さんは、「客人の食事も片付けなさい」と言うのです。男は不思議でなりません。それが顔に出たのか、そのあと一休さんはこう言ったのです。「あなたは、三すくみを見ただけで長生きできないと思ったのですよね?ならば、料理も見ただけで腹が満たされるのではないですか?」と。 住職の話は、迷信に心が奪われてしまうことを諫める話だったようです。小さい頃は「火遊びすると寝小便をするよ」と言われたことを思い出します。住職の話を聞いた今も、やっぱり霊柩車を見ると親指を隠しますし、夜に爪を切ることは避けている私です。
最後に、背中を押してもらえたり、妙に納得してしまったりする言葉を5つ。
■晴れの日は枝が伸びる。雨の日は根が伸びる。
■置かれた場所で咲けないときは 逃げてもいいよ、咲けるところへ。
■失敗しなかった1日は、何もしなかった1日だ。
■思った通りにはならないが、やった通りにはなる。
■したい人1000人、始める人100人、続ける人1人。