校長の部屋

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115 保育・教育が危ない?(11/6)

 校庭に生えるオオバコで、「オオバコ相撲」で遊びました。小学生の頃は学校の帰り道で、大人になってからは我が子と遊んだことを思い出します。このほかにも、草笛とか笹船とか身の回りの植物等を使った遊びや花の蜜を吸う行為などを知らない子供や大人が多いかもしれません。

  

 話は少し逸れますが、先日耳にした話を一つ。

 今年度は、教育実習が行われなかったり、期間を短縮して現場実習をしたりする場合があります。ある保育園では実習生を受け入れたらしいのですが、3歳児への本の読み聞かせについて事前に学生から電話で問い合わせがあったそうです。

動物「○○という本を読もうと思うのですが、どうでしょうか?」

笑う「私はその本を読んだことがないのだけれど、どういう内容なの?文章は長いのかなぁ?絵がかわいくて園児の興味を惹きそうとか?」

動物「よくわからないんです」

驚く・ビックリ「えっ?手元に本があるんでしょ?」

動物「ありません。本屋さんに頼んではあるんですが…」

衝撃・ガーン「読んでいないの?じゃあ、どうしてその本がいいかなって思ったの?」

動物「絵本サイトの口コミで、お母さんたちに人気があったから…」

 園児に読み聞かせする本を、口コミを見て決めるという考えが理解できません。本屋や図書館など本を手にすることにできる場所はあるはずです。ショッピングサイトで商品を選ぶかのような感覚で保育や教育が行われる時代に?先述の遊びなども、実際に自分がやってもみずに「楽しいよ」と言うのでしょうか。耳を疑った話だったもので…。

114 また会ったね、タオル君!(11/5)

 今日は午後から就学時健康診断です。名簿上は約130人を予定しています。例年ですと、受付を終えた子供たちが10人グループになって、教員と一緒に教室を回って受診・検査をします。しかし、今年度は新型コロナ感染症対策で、保護者の方にお子さんと一緒に検査場所を回っていただくように変更しました。

 さて、先日「こんなこともあるんだぁ」という、どうでもよい出来事がありました。

 2週間ほど前、学校宿泊明けの帰宅時に乗った東武アーバンパークライン(聞こえはよいが、少し前の東武野田線)。船橋から乗った車両の座席にスポーツタオルが忘れられたまま置き去りにされていました。何となくその席には座りにくく、向かい側に座りました。その約4時間後、用あって柏に向かうために電車に乗ると、なんとあのタオルがまだあるじゃありませんか。椅子の脇の肘掛け?にかかってさみしそう。最初に出会った後、何往復したのでしょう?かつて夜遅い電車で見かけた、寝過ごして何時間も電車に揺られている酔っ払い(私)と似ている?夕日に照らされて哀愁が漂うタオル君との再会でした。

113 も~もたろさん、お腰に付けたキビ団子~♪(11/4)

 今日は、木枯らし1号が吹くかも?と言われていますが、後期の始まりです。

 さて、新聞に「桃太郎はなぜ三匹を仲間にしたのか」というJTの広告が掲載されたのを見た日、PCを検索していたら、「日本桃太郎会連合会」なる団体があることを知りました。桃太郎が鬼退治のお供に犬猿雉が選んだのには諸説あるといいますが、この団体のHPに掲載されていた2つを部分引用して紹介します。

【陰陽五行説】

 十二支を北から時計回りに並べると、鬼門(北東)・鬼ヶ島は丑寅の方角になる。鬼を抑える方角は裏鬼門(南西)となり、この方角は本来羊申となるが、羊には角があるので鬼の角と通じるので避けられた。こうして、鬼退治をする桃太郎のお供は申酉戌となった。鬼のイメージは丑の角、寅柄のパンツをはいている所から来ているとされる。

【儒教説】

 論語に「智の人は惑わず、仁の人は憂えず、勇の人は恐れない」とあり、孔子は智仁勇を大いなる徳とみなしていた。桃太郎のお供を考えるとき智仁勇に、親しみのある動物をあてはめることによって子どもにもわかりやすいお話にしようとした。

「智」⇒ 猿は、猿知恵というように知恵

「仁」⇒ 犬は、3日飼ったら恩を忘れないという仁徳

「勇」⇒ 雉は、火事の時自らの羽を巣に覆いかぶせ卵を守ることから勇気

 これに「健康」桃太郎のような元気な子、「富」きびだんごをあてはめ5つの徳がそろえば、人は幸福になると説く説がある。

   

 へーっと思いながら、それとは別に儒教説に書かれている「知仁勇」の文字に目が釘付け。だって、身近にあるからです。校長室には、故 髙橋國雄元市川市長直筆の額が飾られています。

  

 ちなみに、桃太郎には異なる3つの続編が200年以上前からあるらしいです。

112 前期が終わります(10/30)

 今日は前期の終了式。残念ながら、まだ直接子供たちの顔を見て話す機会は訪れません。今日の話を紹介します。家庭でも話題にしていただけると嬉しいです。ちょっと長くなります。 

 読書週間中に児童から届いた読書郵便の一つに「忘れても好きだよ おばあちゃん」という題名の本がありました。アルツハイマーのおばあちゃんと主人公のお話です。主人公の女の子は、おばあちゃんの病気をよく理解して、おばあちゃんを優しく支えているのです。

 気づかないだけで、アルツハイマー以外にも困っている人はたくさんいます。当たり前と思っていることでも、実はそうでないことを、「耳」を例にお話しします。

 耳の役割は?と尋ねられたら、ほとんどの人が「聞くこと」と答えるでしょう。「体のバランスをとる」という働きを答える人がいるかもしれません。その場でぐるぐる回ると、フラフラして倒れそうになります。真っすぐ走ることができることも耳の働きによるものです。

 私は、虫の声は聞こえません。音を聞き取る部分に障害があるからです。みんなには聞こえても私には聞こえない音をいくつか挙げます。例えば、蝉の声、ホイッスル、鉄琴やトライアングル、ハンドベル、電子音など。話し声も同じです。テレビでは字幕がないと内容の半分もわかりません。教室で皆さんの発表やつぶやきも、マスクをして口の動きが見えないので伝わっていないことが多くあります。

 この「聞こえが悪い」というのは、決しておじいさんやおばあさんだけの問題ではありません。世界では、3億6千万人もの耳に障害をもつ人がいて、そのうち10人に1人が子供だと言われています。皆さんの中にも、「聞こえにくい」とか「何度も聞き返してしまう」という人がいるかもしれません。人によっては「右は聞こえるけど、左の耳は聞こえない」という場合だってあります。でも、恥ずかしいことではありません。むしろ、相手に知ってもらった方が理解してもらえると思います。

  

 耳に困り感を抱える人がいた場合、それを助けてあげられるのは周りの人の気持ちと行動です。「はっきり、ゆっくり話す」「聞こえる方の耳から話す」「紙に書いて見せる」など、できることがあるのです。そうしたことで、聞こえなかったことが「わかる」につながることが増えていきます。

 耳の障害以外にも、目や手足、言葉などで困っていて理解してほしいと思っている人はたくさんいます。また、自分の心をうまくコントロールできないために、ほかの人から見ると変な行動をとっているように見えてしまう場合だってあります。

 皆さんが当たり前に聞こえる、見える、行動できると思っていることの中にも、ちょっとだけ心配りやお手伝いを必要とする人がいるということを覚えておいてください。

 

111 空の模様を楽しむ(10/29)

 すさまじき 雲の走りや 秋の空(正岡子規)

 旗雲と 飛行機雲と 秋の空(山口青邨)

 秋の雲 はてなき瑠璃の 天に満てり(山口誓子)

 不揃ひが 心安らぐ 秋の雲(林雄次郎)

  

 「秋の空」や「秋の雲」を季語とする俳句がとてもたくさんあります。私たちの心を動かす美しさや繊細さ、多様な変化があるからかもしれません。「うろこ雲」「いわし雲」「さば雲」「ひつじ雲」なども秋の季語です。天気のよい日は、草むらに横になってそんな雲々を眺めていたい気がします。

 空を見上げることが少なくなったのはいつからでしょう?青空のない日には、妻が買った雲の写真集を眺めてみます。月も美しい季節です。満月に向かう姿が今晩は拝めそうです。