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【楽しい学校の素_164】『成田街道と行徳』

 「行徳まちづくり協議会」から市川市街づくり整備課をとおして、『成田街道と行徳』という本の寄附がありました。小田原北条氏の支配下だったときは、行徳でつくった塩を小田原まで「塩年貢」として納めていた。のち、徳川家の直轄領となり、江戸城に塩を納めたこと、徳川将軍から行徳塩浜の開発にあたり多額の手当金が与えられた。日本橋小網町から行徳に向かう航路を行く船を「行徳船」と呼んだことなど、興味深い話が載っていました。図書室に配架し活用します。ありがとうございます!

 ところで、これをきっかけに「幸」という地名の由来について調べました。これは昭和の区画整理・住居表示に伴うもので、「住む人が幸せになるように」という願いを込めて名付けられたようです。「幸」の前は「行徳新田」と言ったり、「幸」の一部はもともと「加藤新田」であったり、諸説あるようです(生成AIによる)がこれも興味深いです。「新田」というと水田をイメージしますが、この地域では「塩田」の開拓を意味しているとのことで、なるほど!と思いました。