児童の様子

0319 第45回卒業式。式は35分間でした。皆さんのこれからをおもい、卒業の意味を考えました。君たちの人生を拓いていってほしいな、と思います。

以下、校長式辞としてお話をした内容です。

「小学校六年の課程を終え、中学校へ進む皆さん。おめでとうございます。

◎ 区切り区切りをひとに報告する意味

君たちをここまで育ててくださった保護者の方々。新型コロナ対策の影響で、式場に入れる人数が例年より少ないため、家で卒業を祝い、君たちの帰りを待っておられる方々もいらっしゃるでしょう。しっかりと「ありがとうございました。卒業しました」と報告しましょう。区切りの報告を確実にしていく、ということもこの式の意義の一つと思ってください。
今日の式は、今までとは様相がかなり違い、「日常が突然変わる」という中での式となりました。思い出すのですが、ある意味、似た状況がありました。2011年3月11日です。
いつものように給食の時間を終え、5時間目も終え、6時間目。そろそろ今日も帰りだな、というなんとも言えない陽だまりの空気感の中、それは突然襲ってきました。
関東地方の被害は東北地方とは違いましたが、それでも、地震の影響は、いつも通りの生活を送ることを、数ヶ月、許してくれませんでした。学校も社会も混乱しました。テレビでは、CMが自粛されました。

◎ 新型コロナウィルス対策で、三月授業はなくなった
    世の中には、自分一人の力だけではどうしようもないことがある


今年は、新型コロナウイルスという目に見えない何ものかが、日本、いえ、世界中を席巻しています。君たちの三月の授業も、全て、その対策のためなくなってしまいました。
それでも、君たちは、自宅待機の日々を無事過ごして、少し大人に近づいた表情となり本日を迎えました。
「世の中には、自分一人の力だけではどうしようもないことがあるのだ」ということを、今回経験して、君たちは小学校を卒業していくこととなります。
そういう状況に対して、誰かに「何とかしてくれないか」と声高に主張をする生き方もあるのかもしれませんが、大部分の人たちはこの状況を受け入れつつ自分の中で納得させようとし、自分の中での「納得」を形作っていく術を働かせているはずなのです。…と、ここまでの原稿を書いていて、関係する、と思ったのが、野球のイチロー選手にまつわるある話です。
数年前の愛知県の年末。「イチロー杯」という野球大会閉会式の場です。イチロー氏は、自分に厳しく、でも、世の常識にはとらわれない生き方をする稀代の天才である、と思うのですが、その大会閉会式のとき、なんと、「人生如何に生きるべきですか」と少年少女に問われました、「教えてください」と。
数瞬の沈黙の後、四十数年間の人生経験と二十数年間の職業経験をもとに彼はこう語るのです。
「我慢して、自分の気持ちをおさえて未来に向かう。
  大人は我慢の連続です」と。

◎我慢して、自分の気持ちを、敢えておさえて未来に向かう


「我慢して前へ進むこと」というそのときの言葉の実際はこうでした。…
「今の僕が君たちに伝えられるのは我慢すること。大人になると、自分の思いだけでは先に進まないことがたくさんあります」そして、「自分の気持ちを秘めてやるときは、その人の生き様は凄いんだということです。自分の思いをしっかりと秘めて、立派な大人になってください。」
自分を抑制し、妬(ねた)まずそねまず、我慢しつつ前を向く、との発言。…「我慢」は目的ではなくその先を見すえて「秘めた力」を蓄える為の手段ですよ…、と。

様々な人生の場面で「我慢」しつつ前へと進もうとする人たちが大勢いる今の状況と重ね合わせ、このことを、もうすぐ大人へとなっていく君たちに伝え、考えいってもらいたいと思います。

◎ある時は、力を秘め、そして、
                        力を蓄えたら、愚直に発揮していく…できるか!?


「思う通りにならなくても『我慢しなさい』」  ではなく、
「大人って、様々な場面で我慢しつつ、問題点を自分のこととして引き受けながら
   進んでいっている」

…なのです。この言葉を、これからの人生の様々な場面での人生の襞(ひだ)に編み込み生きていくこと…それは、皆さんの社会の中での仕事だと考えています。
周りの友達、大人…。様々な人との編み合わせを試み、秘めた力を愚直(ぐちょく)に発揮していってください、でありますし、そういう人生を送って欲しいと、切に願っています。     」    (A.Oosawa)