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223_表と裏(26.4.28)

 こんな経験はないでしょうか。例えば、あるトラック運転手が高速道路上で事故を起こしたと報道されたとします。そのドライバーを最初から男性だと決めつけてしまう思い込み(アンコンシャス・バイアス)です。ほかにも、「社長」「エンジニア」「保育士」「看護師」「子供のお迎え」などと聞くと、男性あるいは女性と決めつけてしまう面を反省することがありそうです。

 話は少し逸れますが、視点を変えると見え方や善悪が逆転することがあります。おかしな例えかもしれませんが、牛乳の立場だと確実に「腐っている」ものでも、ヨーグルトの立場で見ると「出来立てほやほや」と言うことができそうです。また、ある哲学者は「あの娘は美しい。しかし、美しいと思うのはお前の目なのだよ」と言い、徳富蘆花は「欠点は常に裏から見た長所である」と述べています。ハラスメントと呼ばれるものも、極端な例を除けばこれに似ている場合があるのかもしれません。

 歴史においても、戦争の勝者が必ずしも善で敗者が悪であるとは限りませんし、日常生活でも同じ行為が立場によって違う意味を持つことがあるものです。ですから、教室や家庭で見る子供の姿も、見る角度でとらえ方が大きく変わってしまうのかもしれません。つまり、子供の視点や背景、子供なりの理由などをわかっていないと、褒めたり叱ったり諭したりすることもできず、ある意味大人の論理の押し付けになりかねないわけで、怖い気がします。

 私の場合、表と裏の顔を使い分ける「外面マン」だと、家族によく指摘されるのです。