校長の部屋

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164 一番の学校に(2/1)

 電車の車窓から見えた遠くに広がる雲が、まるで山並みのように見えて少しだけ気分がよい朝です。

 2週間ほど前に5,6年の男児4人が先生と一緒に校長室を訪れました。許可をもらいに来たのですが、ドキドキの緊張MAXだったようです。ベルマーク委員会の児童でしたが、用件は「ベルマークのことをもっと知ってもらって、たくさん集めたい」「みんなに役立つものを買うために協力してほしいことを、放送朝会でパワーポイントを使ってアピールしたい」という内容。少し突っ込んだ質問をさせてもらったのはダミーで、心の中では「即承認」。だってうれしいではありませんか。先生に言われたわけでなく、自分たちでやりたいことを考えてそれを全校に訴えさせてほしいと頼みに来るという行動を起こしたことが…。というわけで、今日実施します。

 計画委員会の朝の挨拶運動も、自分たちが効果を感じて、「続けたい」と子供が言い出したそうです。毎週水曜日には、密になることを避けて、分担しながら活動をしています。こうしたやる気が醸成されたら、(学校番号だけでなく)「真の一番」の学校になると思います。

 さて、中古車バブルの時代だそうです。「なに、それ?」と思われるかもしれませんが、どこの自動車メーカーも半導体不足から新車契約をしてから納車まで3か月~半年待ち、あるいはそれ以上のようです。現在乗っている自車が問題なければ楽しみに待てますが、故障や事故等で急に買い替えが必要となった人には時間的余裕がありません。すぐにでも必要な場合もあります。ですから納車期間の短い中古車市場が活性化しているというのです。当然、中古車の需要が多いため、買い取り額はこれまでよりよい条件が提示されます。ディーラーに下取りしてもらって新車契約となれば、ディーラーと客はウィンウィンです。ですから、買い替えユーザーは比較的多いような気がします。ただこれは、私の勝手な思い込みかもしれませんので、間違っていたらごめんなさい。

163 なにをしちゃおう(1/31)

 1月が終わります。今年度も残り2か月。登校するのは36日(6年生は32日)を残すばかり。この間に、ヨシタケシンスケさんの絵本題名のように「なにをしちゃおう」とワクワク感をもって取り組んでいきたいと思います。

 さて、マイボトル持参が定着しても、ペットボトル飲料は生活に欠かせないものになっています。私も水筒持参で出勤しますのでお茶などを買いはしませんが、会議等の場に出されたペットボトルはお持ち帰り対象です。校長室の冷蔵庫にもいただきものが3~4本。夏場は、2ℓ入りのスポーツドリンク。スーパーでも500㎖を超える量の、お得感のあるものが増えています。

 逆に、195㎖というコンパクトな企業向けのお茶もあるようです。コロナ禍で売り上げを伸ばしているとか。来客にお茶を出す労力軽減、働き方改革、感染予防が主な理由でしょうか。その場で飲み切れる量ですし、仮に持ち帰る場合でもカバンに収まりやすいというわけです。さらに、他の既存商品より味を濃いめにして、飲み切り後の満足感を高めているようです。店舗では見かけない商品なので、これをきっかけとしたコミュニケーションにもなることまで見越しているといいます。

 このペットボトルの形状も様々です。水やお茶に始まり、ジュースや炭酸飲料など中身も様々。そこで、耐圧用あるいは耐熱用、無菌充填用のペットボトルなど工夫されているのです。また、蓋を閉めるための螺旋が入ったペットボトルの飲み口をよく見てみると、螺旋に対して縦に溝が数本入っていることに気づきます。これは、炭酸飲料の圧力でペットボトルが爆発したり蓋が飛んだりしないようにするためにあるのです。蓋を開けると、「プシュー」という音がしますが、この溝からが炭酸ガスが抜けている音だといいます。つまり、圧の抜け道だったのです。

 身の回りには、よく見ないと気づかないことや知らなかったことがいっぱいあります。何にも考えずにのほほんと暮らしていては、「知る楽しみ」が逃げてしまうかも?「やりたいことがいっぱいあってどうしよう」と思える2か月にしたいなぁ。

162 むか~し昔…(1/28)

 今年も左耳にしもやけができました。耳まで隠れる帽子はやはり必要です。

 さて、孫が遊びに来ると、真っ先にミニカーが置いてある場所に行きます。そして、車をつかんで「ブ~ゥ、ブンブ~ン」と声を出して動かします。壁に貼られた自動車の写真や絵にも「ブゥ~ン」と声にして反応します。これを見ていてふと思ったのが、十数年後に同じようにミニカーで遊ぶ子は「ブ~ン」なんて言わないんだろうなぁということです。だって、EVが普及して「ヒュー」「ス~」など、音とも言えないような奇妙な音を発する車ばかりになっているでしょうから。

 教員になったころに比べると社会は大きく変化しました。デートの待ち合わせに遅れても、携帯電話などありませんから電車の遅れや道に迷ったことを言い訳にできました。ノートパソコンやタブレットは影も形もない時代から、しばらくしてからワープロが登場。その後、厳ついデスクトップ型PCへと変遷していきます。ゲーム機の進化もすごいのではありませんか?少し遡った頃に流行ったのが、喫茶店のインベーダーゲーム。なぜかこの類は苦手なので、どんなにゲームや映像が進化しても興味がありません。だから電車に乗って、スマホゲームに夢中になっているそこそこの年齢の人を見ると不思議な気持ちです。階段を下りながらも熱中しているのですから…。

 

 インベーダーゲームと同じ頃だったか、出かける際の紙袋(写真)がおしゃれだった時があります。トロイのカーディガンも流行ったような…。わかる世代にはわかる!懐かしい!こうしたことを思い出して口に出したときに、「そうそう!」相槌を打ちながら相手が聞いてくれると話が弾みます、こんなことにすら幸せを感じる年齢になったとしみじみ…。

161 いつから?(1/27)

 一昨日25日は「中華まんの日」でした。1902年の同日に旭川でマイナス41℃という観測史上最低気温が記録されたことにちなみ、寒い日にホカホカの中華まんで温まってほしいという願いから制定さてたとか。肉まんやあんまん、カレーまん、ピザまんなど、高校の部活帰りに日替わりでいろいろ食べていた冬の夕方を思い出します。一般的には「肉まん」のようですが、近畿圏では「豚まん」と呼ぶことが多いようです。肉と言ったら「牛肉」という文化の地である関西だからこそ、敢えて「豚まん」とするようです。

 さて、普段から通る道なのに、建造物が取り壊されて更地になった後、「はて、ここには何があったっけ?」と思い出せないことはないでしょうか?同じように、「いつからこんな風に?」と、物の現状が当たり前になりすぎて忘れてしまったことも多くあります。

 例えば、今でこそ新聞のカラー広告や写真は見慣れていますが、モノクロからカラーへの転身はいつごろからなのでしょう?文字も大きくなって読みやすくなっています。印刷技術の進歩は目覚ましいものがあります。でも未だに原理がよく理解できない技術が3Dプリント。

 歯磨き粉の容器も随分変わりました。まぁ、「歯磨き粉」という言葉自体、「粉」だった時代を知らない人には?なのでしょうが、話はチューブの材質について。昔は金属製。絞り出すために、底のほうから丁寧に丸めて小さくして最後まで使い切る几帳面(=鬱陶しい)な性格の私。今のPE(ポリエチレン)は簡単・きれいに使えて便利ですが、いつから変わった?

 そういえば先日、この歯磨きチューブが終わりに近づいて、出が悪くなったので、2~3回ブルンブルンと振って遠心力を利用。でもキャップが半開きだったらしく、中身が洗面所の壁にベチョ!

160 潰れそうで潰れない店(1/26)

 昨日の朝日新聞の投書欄に、本校6年生の声が掲載されました。いくつかの新聞社に分けて全員の作品を応募していますが、頑張った形だと思うとうれしくなります。

 さて、コロナによって老舗や人気店までが閉店に追い込まれていく一方で、一見閑古鳥が鳴いていそうな昔ながらの店構えの店舗を見かけることがあります。例えば、時計屋、靴(草履)屋、金物屋、ふとん屋、ボタン屋…。失礼ながら、潰れそうで潰れない店ってあるのだと不思議に思うのです。

 その秘密の一つに、不動産収入などが別にある場合が考えられます。これは正しいかも。また、店舗には客はいなくても、需要と供給で別の施設等と事実上の提携関係にある場合。さらには、限られた顧客に高利益率の商品やサービスを提供している場合もありそうです。愛好家が全国に数多くいて、インターネットで繋がっているなんてことも情報番組で見た記憶があります。競合相手が極めて少なくて付加価値が高ければ生き残れそうです。

 私の親戚には、ゴム印作りの職人や石鹸工場を営む人がいました。押印省略・PCによる文書作成や液体洗剤・泡石鹸などが主流になると、次第にニーズが少なくなって廃業しました。こう考えると、現在勢いのある仕事でも10年後やそれ以降どうなっているかは不確実といえます。

 こうした中で、教員は生き残っていかなければならない職であると考えています。ただし、今と同じ線路の上を闇雲に走っていたのでは先が見えてしまいます。新たな試みと適切な決断、不断の努力が不可欠です。でもこれは、どんな仕事でも同じだと思うのです。しぶとく生き残って、進化を遂げ、成果・実績をあげることが、いつの時代も求められているのだと思います。気負うことなく、一つ一つ丁寧に!