校長の部屋

校長の部屋

167 命名 “クロマティー”(1/27)

 今朝、電車の中で参考書に目を通している中学生がいました。背表紙に「自由自在・国語」とあります。まだあるんだぁと懐かしさがこみ上げました。

 さて、懐かしいといえば、故 赤塚不二夫さんの代表作『おそ松くん』。6人兄弟で、順番におそ松、カラ松、チョロ松、一松、十四松、トド松です。苗字は「松野」。というわけで、今日は「松」についてのくだらない話です。

 市川小には、松が植えられています。特に校舎西側の松並木は立派です。札がついているのかもしれませんが、アカマツかクロマツか種類を問われても、私にはまったく見当がつきません。

 どうやって見分けるのでしょうか。幹(樹皮)が赤いか黒いかがはっきりしていればよいのでしょうが、比較しなければわかりにくいでしょうし、葉も同じにしか見えません。松ぼっくり(球果)に至ってはもっと「?」です。

 見分け方の1つは「葉の付き方」でしょうか?写真で見ると束状なのがクロマツ、開き気味なのがアカマツのように見えます。2つ目は「葉の太さ・強さ」で、先端を掌に当てて大して痛くなくて曲がるのがアカマツ、頑丈で痛いのがクロマツといいます。3つ目は「松茸」。どうも松茸はアカマツ林に生えるようです。さすがに、市川小の松を見分けるのに3番目の方法は使えません。

 ということで、早速、外靴に履き替えて非常階段を上ってやっと手が届くところで観察スタート!掌にチクチクやってみましたが、比較対象がないので正直わかりません。見た感じでクロマツに決~まり。そこで、1か月前に校長室に疎開してきた松の赤ちゃんは「クロマティー」と名づけました。

  

166 懐かしのスーパーフード(1/26)

 昨日の給食は、鯨の竜田揚げ。その響きが懐かしい献立です。

 一方、イナゴが給食に出たことはありません。食べたことがありますか、イナゴ。佃煮ですが、子供のころよく食べたものです。売っているものではなくて、近所の草原で捕まえてきたものを祖母が家で煮るのです。明治生まれの祖母に とっては貴重なタンパク源のイメージがあったわけです。ちなみに、イナゴの後ろ足のトゲトゲした部分が口の中を刺して痛いわゴソゴソするわ…。

  

 そんなことを思い出したのも、MUJIが発売した「コオロギせんべい」という商品を見たからです。「これからの地球のことを考えて、コオロギのパウダー入りのせんべいを作りました。エビのような香ばしい風味が特長です。」という商品説明。イナゴにしろコオロギにしろ、昆虫は安価で栄養価が高いスーパーフードといえるのかもしれません。

 森へ入ってやったわらび採りも思い出します。そうした森も今はなく、採って茹でて食べる生活は過去のこと。そうそう、自然に触れたり見たりする機会が減って、落花生が木になっていると思っている子も少なくないようです。

165 全児童へのYell(1/25)

 卒業式の歌もそうですが、学校で歌われる曲は一昔前と比べて一新されたように思います。教科書や歌集を見るとわかります。学校には、「今月の歌」というものがあります。季節感を大切にして選曲されていますが、朝の会で歌ったり、全校朝会で声を合わせたりします。今は、朝の会ですら歌わずに聴くだけにとどめていますが、廊下を歩いているとCDプレーヤーから流れる音楽に耳をそばだてます。1~2月は「YELL(エール)」といういきものがかりの曲で、素敵な合唱曲です。歌詞に次のようなフレーズがあります。

“ほんとうの自分”を誰かの台詞(ことば)で 繕うことに逃れて 迷って

ありのままの弱さと向き合う強さをつかみ 僕らは初めて明日へと駆ける(-略-)

だからこそあなたは だからこそ僕らは 他の誰でもない 誰にも負けない

声を挙げて “わたし”を生きていくよ(-略-)

 

 悩み、それを克服して強く生きていく若者への応援歌です。こういう歌を声合わせて歌う姿を見ると涙が溢れます。鳥肌が立つことだって…。一人一人の決意に聞こえるから。だから、力強く歌わせたい!学校中に「エール」が響き渡る日が一日でも早く訪れることを願います。ちなみに、6年生の教室のカウントダウンカレンダーは「卒業まで38日」とありました。

 

164 心温かな職員が集う「あったかい市川小」(1/22)

 12月に親睦会アンケートにあった「今年の漢字」、ほかの教職員の回答をいくつか紹介します。

 『隔』・・・お店に行けばパーテーションやアクリル板といった隔壁。大学では遠隔授業。小学校やスーパーでも間隔を空ける。コロナが収まったら隔週くらいで飲みに行きたい。

 『歴』・・・「2020年、世界でコロナ大流行。死者○万人」と教科書に載るであろう歴史的な年。

 『迷』・・・コロナ禍のため、ひたすら迷っていたように感じる。時程、行事、通知表、対策…。

 『霧』・・・先の見通しが見えない1年だった。行事も新たな試みばかりで、ずっと霧の中を進んでいるようだった。学級経営でも霧のような部分があり…勉強になった。

 『無』・・・飲み会が無い。自分の時間が無い。

 『増』・・・家にいる時間が必然的に増え、普段より家事に割く時間が増え、ネットで購入する機会が増え、ついつい買い過ぎて物が増え、散らかった。感染者は少しでも減ってほしい。

 今回、新たに、『あなたはどちら派?』というアンケートが届きました。例えば、「目玉焼きにかけるなら醤油かソースか」、「餡子ならこしあん?つぶあん?」、「たけのこの里?きのこの山?」など。その中にあった「コーヒー?紅茶?」という二択の質問に対し、「ココア」と答えた私は天邪鬼です。

 30年以上前に、京成八幡駅から本八幡駅の間に「CUP」という喫茶店で数回、待ち合わせをしました。コーヒーや紅茶なら家で飲めるので、「ホットチョコレート」をいつも注文したことを思い出しました。

 親睦会行事は行えないけれど、気持ちをほぐして、子供たちとも温かく接することができるように配慮してくれる気持ちがうれしいのです。

163 目配り、気配り、心配りを期待するのは欲張り?(1/21)

 各校の校長は、何度となく面接に臨むことがあります。その際、秋もこの1月も、感染防止対策として自分の目の前にも、個々の職員のところにもアクリルの衝立だらけです。しかもマスク着用となると、話がよく聞こえませんし、表情もわかりづらい。「もう一度お願いします」と言わないといけない場面が多くあるのです。

 また、研修会でグループ討議をする場合も心配の種です。一部屋に数グループが入って、ほかの声が聞こえる中でのマスク越しの話し合いも聞き取れないと話がかみ合わなくなってしまいます。だから、面接も研修会も参加することに負担感を感じ、ずっと前から憂鬱で不安になります。

   

 周囲からの配慮を感じると、少し気持ちが楽になります。例えば、「もしかしたら耳が悪い人が、この中にいるかもしれない」と思って対応してくれる場合とそうでない場合とでは、理解度が全然違います。ただし、聞き取りやすい声と大きくても聞き取りにくい声とがありますが…。

 レストラン店員、バスやタクシー運転手、弁護士、スポーツ選手など、耳に障害を持った人も様々な場で活躍しています。ホイッスルが鳴っても聞こえずにプレーを続ける選手、筆談する店員など、孤立させないために周囲の理解はとても大切です。

 私たちの身の回りには、気づきやすい障害もあれば目で見てもわかりにくい障害もあります。一見しただけではさぼっているように見えてしまう障害だってありますから、大人も子供も、様々な不安を抱えて押しつぶされそうになっている人は少なくないと思います。

 今回は「聴覚障害」で書きましたが、皆が気付こうとする、小さな変化を察知して対応しようとする気持ちがあれば、障害の種類や程度は関係なく、それを乗り越え、生活しやすい社会になるのではないかと思うのです。きっと、そうしたことで救われる子が、市川小にだっているはずですから。

 5年生は、総合的な学習の時間で「パラリンピック」について調べています。今後、考えたことをパワーポイントで発表するそうで楽しみです。また、各教室を散歩?していた時、手話でこんにちはと挨拶してくれた3年生の女の子もいました。どんな思いで手話をやっているのかなぁと興味津々です。