校長の部屋

校長の部屋

私のためらい(6/24)

 今の私にとって、市川駅周辺は「迷い」が強くなる地域?です。

 一昨日の退勤時に、学校周辺道路で父親と手をつないで歩く1年生くらいの男児を見かけました。ランドセルは背負っていませんが、市川小の児童と思い、お父さんにも会釈をしました。すると怪訝な顔で見られてしまいました。「違ったんだ」とばつの悪い空気が私を包み込んだのでした。

 分散登校の際にも似たようなことがありました。市川駅前14号の交差点に立っていたのですが、「おはよう」と声をかけ、曲がる車を止めて横断歩道を渡るように促したところ、「こっちに行きます」的な合図をくれました。どうも真間小の児童だったようです。

 自転車に乗る子供、親子連れで歩く子供などいろいろ。子供たちの顔をまだ覚えていない私は、会っても挨拶を躊躇ってしまいます。「市川小で~す!」というオーラを発してください。そうしたら、迷える仔羊は自信をもって声をかけたいと思います。

 別件ですが、学校の活動が通常に戻ってくると、忘れ物や落とし物が増えていきます。トップには大事だと思われる落とし物の画像を貼ってあります。ご確認ください。(児童に放送で呼びかけましたが、持ち主が現れませんでした)

 

校章の由来判明(6/23)

 先日出勤すると、校長室の机上に1枚の紙が乗っています。地域の方(児童のおばあ様)からのメール文でした。以前のプラタナスを読んで、校章のルーツを教えてくださるものでした。市川小の玄関前(旧校舎?)には、月桂樹の大木が歴史を刻むようにそそり立っていたといいます。校章の制定にあたって、この月桂樹を学校の象徴として校章のデザインに取り入れたのだそうです。そういえば、14号門入ったところに記念植樹の月桂樹が植えられていますね。校歌の最後にも ♪かざす ほまれの 月桂樹~♪ と歌われています。

   

 ところで、市川小の校歌、きちんと聴いたのは入学式の2回だけ。いつもなら4月の「今月の歌」で流れるので、自然とメロディを覚えるのですが、残念なことに今年はまだ声にできるような状況ではありませんから…。

 さぁ、1年生とどちらが先に歌えるようになるか競争です。

初体験(6/22)

 スイカが食べたくて、富里方面へドライブがてら出かけました。今年は、出来が悪いのかコロナのせいかわかりませんが高い!手を出せずに多古にあるアジサイ寺に寄って帰りました。

 さて、昨日は初めての体験が2つありました。

 その一つは、ワイシャツのアイロンがけです。普段は妻が大変な思いをしてやってくれています。時々「あー、ワイシャツのアイロンがけが溜まっちゃった」と言いながらも。昨日は、「自分でできるようになりなさい」と言われてご指導を仰ぎました。まず襟。そして、胸、背中、肩、袖と進みます。半袖はまだしも長袖は気を使います。アイロンのしまい方まで全部。これって本当に大変な作業です。自分でできることは少しずつ頑張らないといけないと、頭ではわかったのですが。

 もう一つは、ヤングコーン。そう、中華料理やサラダに使われる、あのヤングコーンです。でもトウモロコシのように生で売っているものをグリルで焼いて、皮だけを剥いて髭根みたなものも食べてしまいます。トウモロコシとは少し違った味わいですが、これまで食べていた小さなヤングコーンとは別物です。もし見かけたらどうぞお試しあれ!

 こうした初めてのことには心が動きます。子供も同じです。ただ、初めての題材をどう提供するかで心の動き・振れ方が大きく違うでしょうから、準備(下ごしらえ)を大事にしなければなりません。

 そういえば職員室前の木通(山女・朱実など)が1つだけ大きくなっていますよ。

一眼国≪落語≫から(6/19)

 児童の登校が再開して初めての本格的な雨になりました。1年生の昇降口前では、傘を縛るのに手間取る子供たちの姿も見られました。雨の日、あるいは雨が上がった後に傘で遊んでいて思わぬ事故に遭うといったケースが少なくありません。気を付けてほしい一つです。

 さて、今日は落語から!江戸時代の落語には、「大入道」「三本足の女」「首無し」など化け物の噺が盛んに口座で演じられていたといいます。江戸には芝居小屋、見世物小屋、軽業小屋などが立ち並び、大道芸人の活躍の場であったようです。中には、「さぁ、いらっしゃい。世にも珍しい怪物だぁ。目が3つで歯が2本だよ。」という呼び込みに惹かれて入ってみると、下駄が片一方だけ放っぽり出してあったなどという見世物小屋もあったようです。

 こうした見世物小屋を開いている男が、ある旅人から「ここから何百里か行ったところにひとつ目の人間が生活する国がある。その国を『一眼国』というらしい。」と教わります。そこで男は企みます。「ひとつ目の人間を生け捕りにして見世物小屋で出せば大儲け間違いなし」と考えて、その国を探しに出かけます。やっとのことで一眼国を見つけますが、逆に自分が捕まってしまいます。代官所でお白洲に座らされ、顔を上げたとたんにひとつ目の役人が言います。「こいつはふたつ目をしているぞ。調べは後回しだぁ。珍しいから見世物小屋に連れていけ。」と。

 これが、「一眼国」という落語です。落語には物事を多様に見る教えが笑いの中に多く含まれています。この噺からは、自分が当たり前だと思い込んでいることも、立場が変われば違っているかもしれないということを示唆していることに気づきます。

 例えば右利きの人が多いので、サウスポーが特別のように思われがちですが、左利きが多い世界があれば右利きがサウスポー扱いになります。もしかしたら、別の世界では「目が2つ」は当たり前ではないのかも?そういえば、手塚治虫のマンガに「三つ目がとおる」という作品がありました。普段は絆創膏で隠されている、額にある目が現れると、弱弱しかった主人公が特殊な力を発揮するのです。なつかしいなぁ。

 いよいよ来週から給食が始まります。楽しく話をしながら、というわけにはいきませんが。

 

ある学級担任の似顔絵(6/18)

 毎日、全学級を回って子供たちの顔を見たり、先生と子供のやり取りを聞いたりするのが楽しみです。
 先日ある学級にお邪魔した際、担任の顔のパーツごとに、描く人を代えて素早く描くチームゲームをしている場面に出くわしました。数分後に出来上がった作品が下の写真です。これは誰でしょう?職員室にいる先生に聞いたら、「2,3年生くらいですね」「佐々木先生か井田先生では?」という回答でしたが…。もっと上の学年です。


 
 また、雑談の中で6年生の先生が教えてくれたうれしいことを一つ紹介します。

 低学年も記録を残している「音読カード」ですが、そこの何を読んだかという欄に「プラタナス」と書いてあったそうです。聞くところによると、学校だよりを音読に利用したとか。これからはもっと平易な表現にして、漢字も読みにくいものを使わず、音読しやすいものにしようかと秘かに考えています。

 内容によっては、高学年ならわかるもの、あるいは低学年でも保護者の方から子供たちに伝えていただきたいこともあります。よろしくお願いします。