校長の部屋

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023 脱臼ペア(5/12)

 GWが終わって1週間経ちますが、10年以上前の3回目の脱臼の時を、GWになると今も思い出します。友達とキャッチボールをしていて、左へ逸れたボールにグローブを差し出したとき、グキッ!

 肩の脱臼は痛い!1mmたりとも動けない!大相撲の横綱だった故千代の富士関は、脱臼癖があり、土俵上で何度となく肩をはずしています。でも、支度部屋まで自分で戻っていたイメージがありますから、考えられないことです。私の4回の脱臼、残り3回を振り返ってみると、

① 初任校でサッカーの練習をしていてボールの上に乗って転んだとき。

② 初めてスキーへ行って、リフトに乗る前にストックを使って起き上がる練習をしていたとき。

③ 朝、うつ伏せから起き上がるとき。

 ③の日は、佐原市で県内教員の前で研究発表する午前のトップバッター。救急車を呼んだあと、すぐに電話を入れてもらうと、当時の責任者曰く「脱臼だから入れれば大丈夫だね」と…。順番を午後のラストにしてもらって、左肩を吊ったまま車で会場に向かったのでした。哀れみもあってか、提案に対する厳しい指摘や意見はゼロ。

 当時の職場に、肩に脱臼癖をもつ女性がいました。その人は、両手に余るくらい外しているらしく、手術でボルトを埋め込みました。秋の運動会前、二人で「ビューティーペア」(マキ上田&ジャッキー佐藤)ではなく、「脱臼ペア」を組んで、朝礼台の上で「♪だっきゅ~だっきゅう~♪」とステップを踏みながら歌ったのでした。

 児童が指や腕、脚などをけがして痛めたとき、症状の確認をすることがあります。我慢強い子もいれば痛みに弱い子もいますから、けがの程度を見極めるのは難しい?!「大丈夫?」なんて問いかけは禁忌!

022 何を想う②(5/11)

 昨日の続きです。

 アメリカのある地方に野球観戦が大好きな、でも、目の見えない少年がいました。少年は大リーグで有名なホームランバッターに憧れていたそうです。その選手へファンレターを書きました。

 「ぼくは、目がみえません。でも、毎日あなたのホームランを楽しみにしています。手術をすれば見えるようになるのですが、怖くてたまりません。あなたのような強い心がほしいです。ぼくのヒーローへ。」

 この少年のことをテレビや雑誌の記者が知って、二人の対面が実現しました。カメラのフラッシュの中、少年はヒーローに約束します。「もし、あなたが今度の試合でホームランを打ったら、ぼくは勇気をもって手術します」と。

 さて、試合当日。この日まだホームランのないヒーローの最後の打席。3ボール2ストライクのフルカウント。テレビや新聞を見た多くのファンが息を殺すように見守り、少年自身もテレビの中継を祈る思いで聞いていました。ピッチャーが投げた最後のボールは、大きな空振りとともに、キャッチャーミットに突き刺さりました。アメリカ全土から大きなためいきが漏れようとしたその時、「ホームラン! 月にまで届きそうな、大きな大きなホームランです!」とアナウンサーが叫んだのです。

 三振をホームランと言ったのですから、嘘をついたのです。この嘘をどう感じるかは、人それぞれだと思います。

 相手を想い、自分の気持ちをどういう言葉で、あるいはどんな行動にして相手の心に届けるのかということをもっと大切にしたいなぁと思わせる2つの話です。形がなくてすぐに消えてしまう言葉であっても、手紙やメールなどの文字であっても、相手の気持ちを意識して、責任をもって届けようとすると、言葉や文字から温かさが滲んでくるのではないかと思うのですが…。たくさんの人が一緒に生活をする学校や学級で大事にしたいことの一つです。

021 何を想う①(5/10)

 オリンピック開幕まであと74日、パラリンピックまで106日となりました。白血病で闘病生活を送り、4月の全日本水泳大会で4種目に優勝した池江璃花子選手の活躍が楽しみですし、個人的にはサッカーも楽しみです。でも、コロナの影響でオリンピック開催は…?

 さて、6日の放送朝会で2つの実話を紹介しました。子供たちは何を想ったでしょう?今日と明日の2回に分けて掲載します。

 1つ目はマラソンについて。日本で初めてオリンピックに参加したマラソン選手は、金栗四三氏です。NHK大河ドラマ「いだてん」の主人公の一人でもあります。

 今から100年以上前の第5回ストックホルム五輪大会(1912年)に出場した金栗氏。レース途中で日射病になって意識を失って倒れ、近くの農家で介抱されました。目を覚ましたのは翌朝。仕方なくそのまま帰国したものの、行方不明扱いにされてしまいました。日本の期待を一心に背負っていたにもかかわらず完走できなかった無念さを糧に、50年もの間、日本のマラソンの発展のために尽力したので、「日本マラソンの父」と呼ばれています。

 月日は流れ、金栗氏が76歳となる1967年に、オリンピック開催55周年を記念する式典がストックホルムで開催されることになりました。ぜひ来てもらえないかという連絡が届いた金栗氏は、喜んで参加をしたそうです。

 そして、当時のコースを懐かしく走り、55年前に辿り着けなかったスタジアムに足を踏み入れました。すると、何故かそこには大観衆と役員、そしてゴールにはテープまであったのです。念願のゴールをしたとき、こんなアナウンスがスタジアムに響いたのです。

 「日本の金栗、ただいまゴールイン。タイムは、54年と8か月6日5時間32分20秒3。これをもって第5回ストックホルムオリンピック大会の全日程を終了します」

 55年前のオリンピックが、この時の金栗さんのゴールで終了したと宣言したのです。粋で、心温まる話です。続きは明日。

020 青空のステージ(5/7)

 NHK「みんなのうた」は1961年4月に放送がスタートして60年。これまでに流された楽曲はおよそ1500曲といいます。最近では「パプリカ」が大ヒットしました。

 さて、歌といえば、運動会の練習が始まって校庭や体育館から流れてくる演技の音楽。動き方の指導にも熱が入ります。歌詞に合わせた身体表現の指導場面では、先生のアカペラでの歌も響く時があります。こういう時に上手な先生がうらやましい。

 某小学校で組体操の指導をしていた頃は、演技について夜遅くまで同僚と話し合いました。どの曲を使うか、CDを何度も入れ替えながらイメージにマッチする選曲と曲をつなぐ編集作業に費やした時間はとても楽しい充実した時間でした。いよいよ練習が始まると…、マイクも持たずに大声で歌ったものです。屋外無料カラオケステージって感じでした。私の歌は聞くに堪えないと妻が耳を塞ぎますから、その歌声で演技の練習をしていた子供たちはどんな気持ちだったのでしょう。いずれにせよ、運動会で使われる音楽を聴くと、近年どんな曲がヒットしたか手にとるようにわかります。

 コロナ禍の運動会になりますが、高学年児童には「自分たちの考えを活かす」「自分たちで創り上げる」という意識をもって運動会本番までの過程で学んでほしいものです。その達成感は、自己肯定感にきっとつながるはず!緊急事態宣言やまん延防止措置の延長が決まりそうです。実施方法の変更が余儀なくされることもあるでしょうし、保護者の方にも確実に守っていただかねばならいことが増えます。それらを想定して2案3案を用意しておきますが、児童が取り組んだことは決して無駄にはならないと考えます!

019 わかってくれる安心感(5/6)

 GWは如何お過ごしになられましたか?今日以降発表される感染者数がどういう変化を見せるか心配でもあります。

 昨年度の学校だよりNo.39に書きましたが、「化学物質過敏症(MCS)」について再度触れます。柔軟剤や芳香剤などに含まれる人工的な香りによって、頭痛や吐き気といった体調不良に悩む人が増えているというものです。一般的によい香りとされる商品の中に含まれる化学物質が引き起こすもので、「香害」とも呼ばれています。心の病気と間違われたり、周りに理解されなかったりして、仕事を辞めざるを得ないとか引きこもるとかいうケースがあるといいます。異常を感じたのはある日突然らしく、同僚の柔軟剤やハンドクリームの香りがだめで退職せざるを得なかった人もいます。また、重いアレルギー反応のアナフィラキシーショックを起こした人もいるそうです。手洗い用に香料を使わない無添加の石鹸を必ず持ち歩くともいい、「香りから逃げられない」という悩みは切実です。「化学物質過敏症」の専門医が少ないこと、アレルギー検査等でも原因も分かりにくいことが、困り感を深めている要因かもしれません。

 誰かが知ってくれている、わかってくれるということは、MSCに限らず、きっと生活する上での安心感になるはずです。その人を丸ごと受け止めようとする気持ちに溢れる、支え合い(愛)の学校・地域でありたいと願います。

 さて、学級の役員・委員を快くお引き受けいただいた皆様、ありがとうございます。そしてよろしくお願いします。また、事情あって委員にお名前のない方も、誰がどんな活動をしているのか理解して、できるところで支えていただきたいと思います。